物を大切にするココロ -1-

もったいないお化け。

昔、ACジャパンのCMでオリジナル作品として人気を博したキャラクター達がいましたね。
いわゆる「九十九神(つくもがみ)」または「付喪神(つくもがみ)」がモチーフになっていて、昔話風の親しみやすい作品によって『報恩感謝を怠ってはならぬ』という精神を見直すきっかけになりました。

元々、日本の神道には、生物や無機物問わず自然に在るもの全てに神が宿っているという”アニミズム”の考えがあります。これを八百万(やおよろず)の神としているわけですが、このような精神土壌を持つ国民性が「もったいないお化け」のような付喪神の存在を作り出すに至ったのでしょう。

しかし表現しているものは同じでも「もったいないお化け」は物を粗末にすると害を与える、戒めの意味を持った象徴。「付喪神」は物を長年大切に扱ったがゆえに物に神が宿る、神々しくも畏怖の象徴、といった違いを感じます。

付喪神
『百器夜行』一魁斎芳年画

こちらは、そんな器物が変化して生まれたとされる妖怪の百鬼夜行を描いた絵です。
百鬼夜行とは、深夜に町を徘徊をする鬼や妖怪の群れの行進のことで、平安時代から室町時代にかけてはこれに遭遇すると害を受けたり死んでしまうとされていたため恐れられ、貴族たちは夜の外出を控えたと云われています。

絵の中にたくさんの付喪神が描かれていますね。
右下で書物を読みふけっているのは、「三味長老(しゃみちょうろう)」。中央上の赤くてまん丸なのは「木魚達磨(もくぎょだるま)」、その下が「琵琶牧々(びわぼくぼく)」、左上は「箒神(ははきがみ)」です。可愛らしい名前。
中でも一番左下の瀬戸物の体に瀬戸物の甲冑をつけた、きりりと勇ましい武者姿の妖怪。「瀬戸大将(せとたいしょう)」といって、瀬戸焼の付喪神です。瀬戸焼は、愛知県瀬戸市付近で作られている焼物。よく見ると瀬戸大将も白い肌に美しい藍色の絵付けが施されています。長い年月使われてきた器物だったのでしょうか。

しかし、なぜ瀬戸焼の甲冑姿なのか…

瀬戸はその昔は尾張国。尾張藩は徳川御三家の筆頭という格別な位置に置かれ、陶磁器を独占産業としたため、その名残で今も瀬戸は陶磁器の街になっているそうです。そして織田信長と豊臣秀吉という二人の天下人を輩出した地でもあり、ほかにも多くの武将がおりました。この絵の作者である一魁斎芳年(月岡芳年)は幕末から明治前期まで活躍した浮世絵師でしたから、そういった歴史も踏まえて作画したのかもしれない…などと想像してみますと、絵を読み解く楽しみも増していきます。

瀬戸大将実は、鳥山石燕(とりやませきえん)の描いた『絵図百器徒然袋』にも瀬戸大将の姿があります。三国志の場面にあやかって瀬戸物と唐津物の焼物合戦のシーンとなっており、もちろん瀬戸物軍の大将として描かれています。

と、ここまでは絵のお話。

昔からこのように多くの絵師が描き、人々に愛され恐れられてきた付喪神ですが、この付喪神を生んだ物を大切にする「もったいない精神」、対し、物への執着を捨てる「断捨離」。一見相反する考え方のようですが、実は繋がりがあるようにも思えてなりません。
次回からは少し、この繋がりを紐解いていけたらと思います。繋がりが本当にあるのかどうかすらわかりませんけれども。
瀬戸大将が甲冑姿である理由も、今回はただの想像でしたので正しい情報をお伝えしたいと思います。

それでは、またお付き合いいただけましたら。


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