物を大切にするココロ -2-

前回、ほとんどただの妖怪話となった『物を大切にするココロ-1-』でご紹介しました百器夜行。まずは、その中で描かれた「瀬戸大将が、なぜ甲冑姿なのか?」について。

瀬戸大将一魁斎芳年が瀬戸の歴史などを踏まえ瀬戸物の付喪神に甲冑を着せたのではないか?と想像したわけですが、これが全くのお門違いでして。『物を大切にするココロ-1-』の中で後にご紹介しました、鳥山石燕による妖怪画集『百器徒然袋』で描かれた瀬戸大将を芳年が参考にした、という事でした。

石燕は『百器徒然袋』の中で、「三国志」の関羽と曹操に見立てて瀬戸物と唐津物の合戦を描いており、そのような事情から、甲冑を着た瀬戸大将が完成したわけです。深読みのし過ぎでした(笑)。

 

もったいない

精進料理元来「もったいない」とは「物体ない」と書いていました。物体(もったい)は仏教用語だという説もあり、その物の本来あるべき姿・機能・意味がそうではなくなっている様、台無しになってしまっている様を惜しみ嘆く心情を表しています。禅寺でのお料理では野菜の皮まで全て使い切りますし、食事を終える際には作法としてお茶とお漬物で茶碗内を洗い、そのお茶を自分で飲み干す行為を考えますと、この「もったいない」精神に仏教の教えを感じる方がいらっしゃるのも当然という気がします。

今やネットにさえ繋がればほとんどの情報を短時間で得られ、なんでも大量に生産と消費を繰り返し、使い捨ての便利な物が溢れる時代です。多くの人がその恩恵を受け、立ち止まることさえしなければ不自由無くそこそこ快適に暮らしていけるかもしれませんし、それが現代の代表的なわかりやすい生き方と言われれば、確かにそうかもしれません。でももし、ふと、立ち止まる時があったら…
「物を大切にする=最後まで使い切る」と考えると、ゴールが明確になり実現できそうな気がしませんか?「もったいない!」「大切に!」とばかり意識するより「これを最後まで使い切ってみよう。」という意識。もちろん、経済的にも散財しなくて済みますし、物を使い切ることで結果的に多くの物を持たず、シンプルに生活できるのだと思うのです。

 

断捨離

流行語大賞2010にノミネートされ、一時期雑誌やテレビで「断捨離」という文字を頻繁に目にしましたが、最近は本意に似つかわしい具合に人々の生活へ浸透しているように感じます。

そもそも断捨離とは?

断捨離は、「もったいない」という固定観念に凝り固まってしまった心を、ヨーガの行法である断行(だんぎょう)・捨行(しゃぎょう)・離行(りぎょう)を応用し、

  • 断:入ってくるいらない物を断つ。
  • 捨:家にずっとあるいらない物を捨てる。
  • 離:物への執着から離れる。

として不要な物を断ち、捨てることで、物への執着から離れ、自身で作り出している重荷からの解放を図り、身軽で快適な生活と人生を手に入れることが目的である。ヨーガの行法が元になっている為、単なる片付けとは一線を引く。(Wikipediaより)

うーん。やはり「もったいない」とは 水と油の仲という感じがしますね。(笑)
ものを捨てられない、というのは厳密には「執着」だけが原因ではないと思いますが、ここでいう「執着」はできるだけ広く軽い意味で捉えた方が良さそうです。さらに「断捨離」した後「ものを持たない生活」を目指していくと、それは「ミニマリスト」ということになっていくのでしょうか。
シンプルに生きようという意味では「ミニマリスト」と近い考え方とも言えますが、「ミニマリスト」は派閥も存在しますし、生き方やライフスタイルそのものを大きく表現する言葉の一つですので同一視してしまうのは少し危険です。

「もったいない」も「断捨離」も、あくまでも自身の理想的な生き方やライフスタイルの形成における行動の一つという考え方に過ぎません。

Millet_Gleaners
ジャン=フランソワ・ミレー「落穂拾い」、英語版で「もったいない精神」の具象として掲げられている

もったいない≒断捨離

「もったいない」と「断捨離」。これらは対極にあるもの同士だとばかり思っていました。
行動的に行うことは確かに真逆ですが、「もったいない」とものを大切にし使い切ることで「断捨離」で云うところの執着は昇華するという考え方も。使わずにいつまでもものを仕舞い込むことが「もったいない」の目指す「大切にする」という意味ではありません。そして使い切ったものを最後に捨て去ることで「断捨離」が完成される。
使いきれるものばかりではありませんが、使わないものは他の誰かが使うかもしれませんから手離すのも良い方法の一つです。これはものを粗末にしたことにはなりませんよね。結果的に必要なもの、好きなもの、大切なものが身の回りに集まり、不要なものや余計なものを持たず自身なりのシンプルな生活が過ごせます。

「もったいない」と「断捨離」は別々のものだという先入観を持つとぶつかりあうように見えてしまいますが、実は同線上にある近しいもの。そして先ほども申し上げましたがこの二つは、自身の理想的な生き方やライフスタイルの形成における行動の一つであって、「目的ではない」ということが重要です。「目的」にしてしまうと、例えばどんどんものを捨てた結果、防災用品も持てなくなってしまい災害時には自分の身も守れない、という最悪の事態を招くこともあり得ます。目的はもう少し先にあるものです。

ということで。
繋がりを探ると大袈裟に言っておりましたけれども、「もったいない」精神の先にある「断捨離」という関係性がありました。元々根底に「もったいない」精神があったからこそ「断捨離」が現代の人々の生活に受け入れられた気がします。どちらかに偏る必要もなく(もちろん偏っても構いませんが)、生活の中に息づいてきた精神を日本人として楽しく活用していきたいものです。


 

最後にーー

「NHK-AC共同キャンペーン」の2015年度『もったいない』アニメCM作品を。もったいないお化けのCMから約10年が経った現代版『もったいない』作品です。

■NHK制作作品「もったいない」であしたは変わる 篇
モノや資源を惜しむ「もったいない」ではなく、未来を創造する言葉としての「もったいない」をテーマとしている作品です。

それでは、また。