体に記憶される確かなもの

師走も半ばを過ぎようとしています。月日が過ぎゆくのは本当に早いものですね。

雪景色

『師走』(しはす、しわす)

旧暦12月の呼び方で「極月」(きわまりづき・ごくげつ・ごくづき)とも呼ばれますよね。
「師(お坊さん・先生)」が走るほど忙しない、という説や「仕極つ(しはつ)」や「し(年・四季)」が「果す(わす)=終わる」という説、そのほか当て字説など様々な云われがあります。
私などは「師走」という文字を見ると、兎に角バタバタと忙しくも、クリスマスや大晦日・年越しへの気持ちの高まりとでもいいましょうか、遠足気分に近い少し浮き足立ってしまう季節だなぁ、と感じてしまいます。

そしてそんな師走の忙しなさが落ち着いたとき、気が解かれ体調を崩しがちです。特に今年の冬風邪は咳が長引き、実はインフルエンザだった!エー!!なんてこともあるそうですので、どうかご自愛ください。

 

あなたのご趣味は?

さて突然ですが、このサイトを見てくださっている方は、趣味などお持ちでしょうか?趣味とは言えなくても好きでやり続けていることなどはありますか?
写真、映画鑑賞、旅行、スポーツ、楽器、お散歩、食べ歩き、釣りなど人それぞれだと思います。

実は先日、70代女性のピアノ演奏を聴く機会がありました。
脚が少し悪くステージに登るのもやっと、というお姿だったのですが、ピアノに向き合うと背筋はピン!演奏された『愛の讃歌』はそれはそれは真っ直ぐで、強くてブレのない気持ちの良い音でした。純粋に「格好良い!」と感じて、思わずその場で拙い感想文を書いて送りました。

piano

その女性はピアノが大好きで、毎日練習していると言っていました。生きがいだ、と。来年もここで演奏したい、と。

私自身アラフォー世代ですが、これまでの時間を、年月を、もう一周分生きるのかもしれないと思うと、正直うんざりすることがあります。でも皆に平等な1秒1分を積み重ねて、生活していく。生きているだけで嬉しい事、面倒臭い事、色々ありますが、過ぎ去ったものは消えず積み重ねられ今現在に影響を与えていたりします。

そして、そうして積み重ねてきたものは、確かに私たちの体にも記録され続け、記憶として刻み込まれている。

 

体に記憶される確かなもの

▶︎ 95歳、認知症のおじいちゃん
大好きなピアノの前に久しぶりに座ると・・・指先は覚えていた!

こちらの記事と動画、認知症を患う95歳の元ジャズピアニストのおじいちゃんのお話です。イギリスであった本当のお話。

【認知症とは?】
「認知症」とは老いにともなう病気の一つ。さまざまな原因で脳の細胞が死んでしまったり、働きが悪くなることによって、記憶・判断力の障害などが起こり、意識障害はないものの社会生活や対人関係に支障が出ている状態をいいます。行動への障害の他に、うつや不安感、無気力といった感情障害を併発する場合もあります。
▶︎ 詳しくはこちら(認知症ねっと)

認知症の治療方法として「音楽療法」というものがあります。音楽を聴いたり歌ったりすることで気持ちが落ち着いたり、気分が良くなったりする効果を見込み、症状の改善を目指すリハビリテーションです。
「音楽療法」には、音楽を聴くだけの「受動的音楽療法」と、自ら歌を歌ったり楽器を演奏する「能動的音楽療法」がありますが、こちらのおじいちゃんの場合はまさしく「能動的音楽療法」に当てはまりますね。

しかも、35年以上連絡が途絶えていた昔のバンド仲間が集まりセッションするというサプライズ。おじいちゃんにとってはどれ程の感動・刺激だったのでしょう。そして、人生の半分近くをピアノと共に過ごしてきたおじいちゃんの指は、ちゃんと覚えていたのですね。緊張のあまり本番で頭が真っ白になっても指が勝手に弾いてくれている、という話を聞きますが、記憶(脳)と指と自身の意識それぞれの関係性がとても神秘的であり、興味深くもあります。

情熱と責任と献身をもって取り組み続けたことは、引き止めずとも囲わずとも、常に当たり前に共に在るものなのだと教えてくれているような気がします。

バニーテール 花言葉:感謝

失わないために

最近、以前よりも人生の先輩方を見つめることが増えました。いつか来るであろうその時を静かに待つ方もいらっしゃれば、新しいことにチャレンジしたり何かに没頭する方もいらっしゃって、それを「終活」という言葉で括ってしまうのは少し乱暴に感じるようにもなりました。人の肉体は衰えますし、それは見れば明らかなものなのですが、その中に宿る精神は一体どんな囁きを持っているのか。何十年もかけ形成されてきた精神や積み重ねられた記憶は、肉体の消滅と共に表現媒体を失ってしまう。肉体を介して表現されるはずだったものたちに見えることは二度とできない。そう考えると当たり前に誰しにも訪れるものだとしても、やはり人の「死」とは大きな喪失であり悲しみを伴うものなのだと改めて感じます。

そんなわけで笑顔で迎えたい2017年、残り少ない2016年も冬風邪・インフルエンザに気をつけ健康第一、事故にもあわないように安全第一で生活して行きましょう。

それではまた。