死と装飾品の歴史

装飾品の歴史は、人類の歴史と深い関係を持ちます。古今東西の遺跡からは必ずと言って良いほど装飾品が発見されることから、そのことは伺い知ることができます。
また、遺品として発掘される装飾品が多いことから、人類が「死」とどう対面してきたか、そのことを知る糸口としても装飾品の歴史は有用です。

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装飾品の意味

最も原始的な装飾品に、貝殻や動物の牙や骨、それらを加工したものが挙げられます。では、なぜそれらは作られたのでしょうか。
理由には諸説ありますが、「死」との関係を考えるうえでは、特にその「お守り」としての側面に注目したいと思います。

現在の「死」の概念がいつ生まれたのかは明らかとなっていませんが、様々な時代、数多の民族の遺品から装飾品が出土されていることからわかるのは、「死」というものが、ずいぶんと昔から「消えて無くなり、意味のないものになった」のではなく「未知への旅」だと考えられていたということです。
そのことは、装飾品の誕生の背景に「お守り」の要素が見てとれることからわかります。「消えて無くなり、意味のないものになった」のだとすれば、そこに「お守り」が必要だとは考えないでしょう。

たとえば古代の狩猟民族は、牙を持つ動物に脅威や生命の危険を感じたはずです。そうした動物を倒した証明(脅威を乗り越えた力)として、あるいはその力を授かり受ける目的で、彼らはそれらの牙や骨を加工し装飾品にしたのだと考えられています。
そしてそれを埋葬品とすること——、それは、生きている自分たちにはまだ未知のものである「死」、その危険や脅威から死者を守りたい、そのような願望の表れだったのではないでしょうか。

宗教や民族を問わない死への想い

装飾品の歴史と意味を考えることで、人類がはるか昔から「死」を「消えて無くなること」や「終わり」だとは考えず、「未知への旅」だと考えていたことがわかります。
そして——そうした考えを持つことは、宗教や民族を問わない——ということも同時に知ることができます。

「死のカタチ」はいつも、残された人々の手付きによってその姿を現します。
宗教の誕生以前から、我々人類は死者を遺品とともに埋葬してきた。それは、死者を弔うことが、生きている者たちが死と触れ合うことのできる唯一の時間であり、また、もう違う場所に行ってしまう死者に対する最後の愛情表現、あるいは遺族がその深い悲しみを埋めるための唯一の手立てだったからでしょう。

現代の日本においては、無宗教であるがゆえに葬儀の必要性を感じていないかたも少なくありません。
仮にそうであったとしても、遺族が自分自身への愛情や、その喪失の悲哀を表現できる「カタチ」を用意しておくことが不必要とはいえません。
形式にとらわれたり、そこへの問いや疑いからではなく、——残されたひとたちにできる最期のことがある——そういった「本質」から葬儀や死について考えることを、装飾品の歴史、ひいては多くの祖先は教えてくれています。

「終活」を考えるうえで本当に大切なのは、残されたひとたちの悲しみをどう埋め、そして自身の最期の愛情表現をどのようににデザインするのか、ということなのかもしれません。


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