「自分の死」という考え方の誕生

「終活」、ひいては「死」についてここに記事を書くようになってから、世の中のあらゆることは「死」と無関係でないことを意識するようになりました。
テレビでニュースを見たり、本を読んだり、映画を見たりしていても、常に「死」が遍在していることを感じ、「死」という影があっての「生」なのだと実感します。

「死」というものが生活におおきな影響を及ぼすのは、「死」が不可避のことであり、かつ恐れていることだからなのは言うまでもありません。
コントロールできないことだからこそ、それは生活の中に影として存在します。
つまり「自分の制御が行き届いた自分の死」など存在しないと理解しているからこそ人はそれを畏れる。
抗うことができないものだからこそ人はそれを畏れ続けます。

ところで、「終活」はそれに抗う行為でしょうか。
なるべく「自分の死」をコントロールし、遺族に迷惑をかけず理想的な死を得ようとすることは、そうした畏れと戦うことでしょうか。
もちろん、そんな戦いができないことは誰もが理解しています。

では昨今、ただの「死」ではなく、パーソナルな——「他人の死」、あるいは普遍的な「死」とは区別された——あえて「自分の死」と呼ぶ「死」、それについて我々が考えざるを得ないのはなぜでしょうか。

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医療が生み出した社会的感覚

異文化から学ぶ「終活」②」で述べたことが、この事とは深く関係します。

端的に述べれば、延命措置や、脳死、あるいは死後の臓器移植について考えざるを得ない状況が、医療の進歩によって我々にもたらされたがゆえに、わたしたちは「自分の死」を、個人的な理想や思想の範疇ではなく、社会的なこととして考える必要に迫られたのがその原因でしょう。
それは、アメリカにおいては1970年代、日本においては1990年代に浮上してきた問題です。
つまり、「自分の死」がその他の「死」と区別して考えられるようになったのは、自分が迎えるであろう「死」の前後をある程度自分でコントロールする責任が社会によって問われ始めたからなのです。

「終活」という言葉の登場こそ最近のことですが、「自分の死」という考え方の萌芽を基準とすれば、日本においてはバブル景気以降、「自分の死」を社会的なこととして強く意識せざるを得ない状況が続いてきたと言えます。

この比較的あたらしい思想は、発端が社会的理由にあるがゆえに、道徳や倫理、あるいは法と強く結びつき、さらには遺産や相続、墓などに関する経済的感覚が前面に押し出されがちです。それがゆえに、「自分の死」という言葉は——パーソナルかつ、なるべくコントロールを施す「死」——というポジティブなイメージの裏に、「他人とともに生きる自分(社会的責任を負う存在としての自分)の死」という、窮屈にも思える圧力が隠れているように思えます。

このことは楽観的、あるいは悲観的に捉えるべき問題ではなく、ただ現在のわれわれの「死」のあり方として認識すべきでしょう。
つまり、これからの終活は、そうした「自分の死」のふたつの側面をある程度整理し、なるべく混乱を避けた状態で行われていく必要があるのです。それは難しいことかもしれません。
少しでもそうしたことを考えるヒントとなるような記事をここでは掲載していきたいと考えています。