残酷さがもたらす静謐 – 『楢山節考』

以前の記事(「自分の死」という考え方の誕生)で述べたことの繰り返しになりますが、日本においてはバブル景気以降の90年代、医療の進歩により、延命措置や脳死、あるいは死後の臓器移植について考えざるを得ない状況が、われわれに「自分の死」——個人的な理想や思想の範疇ではなく、社会的なこととして考えるべき「死」——を意識させてきました。

「終活」のさまざまな場面においては、「自分のこと」が思慮の中心となるのではなく、むしろ「遺族」あるいは「近しい人々」のほうを軸に考えざるを得ない——、それは「終活」が持つ性質の、根幹を象徴しています。

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今回紹介する小説は、深沢七郎によって1957年に書かれた『楢山節考』です。二度にわたり映画化されていることから、そちらでご存知の方もいるでしょう。
主に長野に民間伝承として伝わっていた「姥捨(うばすて)」の説話を題材としたこの小説には、「終活」の始祖——ほとんど動物的であり、残酷とも言える「死への準備」——が鮮明に描かれています。

あらすじ

物語の舞台は信州の奥深い村落。69歳のおりんには一人息子と四人の孫がいます。
貧しいこの村では、年寄りは70歳になると「楢山まいり」に行かねばなりません。それがつまり、姥捨を意味します。

この作品で重要なのは、おりんの、「楢山まいり」と対峙するその姿勢です。70歳を迎える前から山へ向かう準備をとっくに済ませ、やもめとなった息子に後妻が見つかると、丈夫な歯を自ら石で砕きます。食物の乏しい村で、年寄りの歯が生えそろっているのはみっともないという考えからです。

おりんが村に嫁いだのは50年前のこと。器量の良い彼女はそこで健康に暮らしてきました。
「楢山まいり」は、息子が他の誰にもみられない間におりんを背負い行わなければなりません。
心優しい息子は「楢山まいり」の時期を遅らせようとします。ですが、息子と後妻が新たな命を授かったことを知ったおりんは、なるべく早く捨てられることで彼らの負担を少しでも減らしたいのでした。歯を自ら石で砕いたのも、息子を説得するひとつの方法でした。

あと三日で正月になる冬の夜、ふたりは「楢山まいり」へと出発します。

「終活」の根源的な姿

それは残酷であり、動物的であり、人間性から離れた出来事のように思えます。しかしそれは、小さく貧しい村における社会的な行動でもあったのです。
高齢化に準じて介護の問題が顕在化し、「老老介護」という言葉が生まれたこの国において、『楢山節考』を怪談じみた話だと遠目に眺めることはできないのではないでしょうか。

この作品は、残酷さだけで成り立っているのではありません。
残されるものたちの負担になりたくない、残されたものたちの心労を和らげたい。その意味では、「終活」の根源的な姿がここにあるとも言えます。
息子を、さらには村を想い、自己犠牲を全うしようとするおりんの姿。そしてその姿を嘆く心優しい息子。誰もが逃れられない「死」への畏れと、人の美しさがそこでは同時に描かれています。
「死」が生み出す両面を瑞々しい文章から感じ取ることは、昨今の「終活」を考えるうえでの糧になるはずです。