「終活」の発展のカタチ

「終活」の浸透に着想を得て、遺品を教育支援に役立てようと試みるNPO法人があるのをご存知でしょうか。

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遺品を支援に

フィリピンの貧困問題に取り組む京都のNPO法人「アクセス」では、故人が生前に指定した本やCDの売却額を寄付してもらい、それを支援に活用する方法を提案し、呼びかけを行なっているそうです。

遺品に関しては相続の関係で取り扱いが難しいことも多く、これまでは、たとえ「些細な遺品でも、なにかに役立てられたら」と考えていたとしても、手間や仕組みの煩雑さに挫けてしまうことも多かったといいます。

そうしたことからこうした取り組みの有用性を感じていたのですが、筆者はここで、チベットの遺品事情を思い出しました。

チベットの遺品の扱い方

こちらの記事で紹介した『NHKスペシャル チベット死者の書』には、遺品が寺院によってオークションにかけられる模様が収録されています。
こうして得られた収益は、寺院の維持に使われるとのこと。

輪廻転生の死生観が浸透し、死は生への過程のひとつ、肉体は衣服を着替えるように新しいものに、という考え方があるからか、遺品に対する忌避はまったく見られませんでした。
また、葬送の流れのひとつとしてこのオークションが行われていたことに、長年によって培われた叡智を感じます。

「終活」のさらなる可能性

「終活」が様々な価値観を提案し、たとえばこうした支援を取り組む団体が増えれば、今後、より柔軟な考えや妙案が増えていくように思えます。

そうした「終活」の発展のカタチの萌芽が今後増え、より「終活」の可能性が広がることを期待します。