「性の多様性」その顕在化と終活

ここ数年、「LGBT」という言葉を目にすることが増えました。
簡単に説明しておくと、LGBTとは、四つの性的マイノリティの呼び方、その頭文字(それぞれ、レズビアン/ゲイ/バイセクシャル/トランスジェンダー)を並べたものです。
。もちろん、性的マイノリティにはその四つだけではありませんので、最近ではその他のジェンダーも含める意図で「LGBTQ(クィア、あるいはクエスチョニング)」と表記したり呼称することも増えてきました。

lgbtq

こうした言葉を目にする機会が増えたからといって、こうした存在がここ最近増えたということでは当然なく、価値観の多様化や情報量の増加に伴い、偏見などが減り、話題にのぼりやすくなったということでしょう。

さて、今回はこうした性的マイノリティの方と「終活」について考えてみたいと思います。

カミングアウトという壁

実際、性的マイノリティの方の「終活」には様々な困難が生じているのが現状です。
たとえば「カミングアウト」という言葉があります。これは、それまで隠していた自身の性を周囲に対してオープンにするという意味ですが、それについても段階がありますし、幸い古い考えを持たない親族や友人に恵まれた方でしたら「終活」における困難においても助けや相談も請えるでしょうが、そうではなく極少数のひとにしかオープンにできていない、あるいは全く隠したままだというひとも依然として少なくないでしょう。

孤独死

一部の性的マイノリティの方においては、その性的嗜好から子供を持たない場合も比較的多いと考えられます。
「孤独死」という言葉はいまや一般的な問題ですが、性的マイノリティの方だと、そうした問題に直面することが比較的多いでしょう。

宗教と性

また、キリスト教徒やイスラム教徒であった場合、基本的に、たとえば同性愛は禁じられています。
昨今では、性的マイノリティに理解を示す兆候もあるため、理解ある宗教家に出会えた場合は幸いですが、場合によってはその教徒であるにも関わらず、その教えに否定された想いを抱いたまま、その教えの形式で弔われることとなってしまいます。

終活以前の問題なのか

このように、「終活」においては、性的マジョリティであっても様々な困難を抱える昨今、性的マイノリティの方々においてはそのハードルがさらに高くなってしまっています。
確かに、「LGBT」という言葉を目にしはじめたのもここ数年のこと。そうした方々の「終活」を考えることは一足飛びのように感じられるかもしれません。
ですが、現在の流れに乗じ、自身の性を隠すのをやめる決意をした高齢の方もいらっしゃるかもしれません。

昨今の「終活」の流れが作り出しているのは、「死」のカタチに関する多様化です。
現在、性同一性障害の僧侶が性的マイノリティの方のために「性善(しょうぜん)寺」という寺を建立しようと寄進を募っているそうです。
宗教家が当事者であることで気付ける悩みは必ずあるでしょう。
今後、こうした流れが加速していくことを期待したいと思います。