樹木葬について

昨今、「樹木葬」という弔い方に注目が集まっています。
ここでは、その背景について考えてみたいと思います。

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概要

遺骨の近くにある樹木を墓標とし故人を弔う。日本において「樹木葬墓地」が誕生したのは1999年と比較的最近のことです。

ただ、それに先行してペットの葬儀などでは行われてきました。樹木という墓標のもと、自然へと還る趣のある「樹木葬」はペットなどの動物の葬儀として適していると考えられたからでしょう。このことは示唆的で、昨今その形式に注目が集まってきたのは、宗教への意識が希薄となりつつあるいま、もっとも自然な葬儀のカタチとして、樹木をシンボルと捉えた「樹木葬」が人間にもあてはまると考えられつつあるからではないでしょうか。

背景

もちろん「樹木葬」に注目が集まるのは、自然回帰的な、漠然とした感覚だけではありません。
ここでは、もう少しその背景について踏み込んでみたいと思います。

「種」としての人間

「慰霊」という言葉を耳にすることは、近年珍しくありません。
じつは「慰霊」という言葉の歴史は浅く、わずか100年程度と考えられています。もちろん、それ以前にはそれに代わる言葉がありましたが、戦争という大きな厄災を経て、「慰霊」は日常に浸透しました。

近しいところでは、震災による犠牲者に対して使われる「慰霊」をよく耳にします。悲しいことですが、こうした災厄において多数の犠牲者が出たとき、われわれはそれらの死を「個」の死として扱うことができません。
そうした時、いわば「大きな死」というものを意識せざるを得ない。「わたし」というより「われわれ」。
これは、日本という災害の多い国に生まれた宿命なのかもしれません。

こうした経験から、個人の死を想うのと並行し、人間という種に対する慰霊もまた日常へと落とし込まれたのではないでしょうか。

環境の変化

上記のような意識の変容と同時に、都市部への人口集中による従来のカタチの墓地の不足(このことは日本だけの問題ではなく、以前「増え続ける墓」という記事で取り上げました)、また、結婚率の低下などから従来の「墓」を維持することが困難となりつつある社会的背景も、「樹木葬」が関心を集める理由と考えられます。

まとめ

こうして「樹木葬」が関心を集める背景には、いま人類学者や民俗学者も強い関心を抱いています。
興味のある方は、以前、「チベットの死者の書」について触れた際(「異文化から学ぶ「終活」⑥ – 2」)に名前を挙げた、人類学者である中沢新一の近年の仕事などを基に、より深く知っていくのをおすすめします。

「樹木葬」の歴史は浅いですが、その意義について思いを馳せた時、そこには長く培われた日本的な死生観が垣間見えます。
これまで、「どことなくエコロジーの雰囲気が漂っていて気にくわない」「思慮に欠ける」と忌避していた方がいらっしゃいましたら、この記事がより深くそのカタチの意味を知るきっかけとなれば幸いです。


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