南方熊楠・記録のひと – 後編

この記事は「南方熊楠・記録のひと – 前編」の続きです。


神社合祀反対運動

さて、そんなふうに分け隔てなくすべてを「記録」しようとした「知の巨人」とも称される南方熊楠ですが、上に記した通り「神社合祀反対運動」が、昨今にいたるエコロジー運動の萌芽と捉えられるため、比較的クローズアップされます。

この運動は、神社合祀によって自然や生態系が壊れることを危惧した熊楠の一連の活動を指します。
たしかにいまでいうエコロジー運動と同じような活動でしたが、重要なのは、それに取り組んだのが、すべてを分け隔てなく記録し「知の巨人」とされた熊楠であるということです。

おそらくそこにあったのは「自然や生態系が壊れる」だけでなく、それに端を発し、信仰も文化も、その他ありとあらゆるものが瓦解してしまうことを察知してしまった熊楠の計算能力と、それを支える膨大なデータベース(記録)によって生み出された危機感だったのでしょう。

南方マンダラ

南方熊楠がその生涯で示しているのは「ありとあらゆるものは関係している」ということではないでしょうか。

実際、熊楠はそうした考えを「南方マンダラ」という図にして残しています。

minakata-mandara

複雑に線の混じり合う「南方マンダラ」は、この世界が無数の因果関係によって成り立っているということを示そうとしています。

すべてを書き留め、後世へと残す。その対象は「世界の成り立ち」にまで及んでいたことに驚かされます。

終わりに

現代では、熊楠のように図書館に通い、手書きで抜書をまとめずとも、インターネット上に大量の情報が蓄積されています。

もしかすると、情報の洪水の中、わたしたちは無意識のうちにそれらに優劣をつけることをやめ、物事を均一に感じ始めているのかもしれません。そして「ありとあらゆるものは関係している」と感じたうえで、自分自身の死がどうあるべきかと考える。

昨今、「樹木葬」が注目されている背景には、もしかするとそういった理由が隠されているのかもしれません。

もしも、現代のわたしたちが無意識のうちに熊楠の足跡を辿っているのだとすれば、その生涯や業績を知ることは、非常に有意義な「終活」であると筆者は考えます。


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