可能にすることの功罪

前回の記事(「積極的」安楽死の問題)で、オーストラリアのビクトリア州において、(積極的)安楽死を合法化する法案が可決されたことに触れました。

今回は、それを受けて発表された、オーストラリアの医師によって開発された「自殺幇助マシーン」から「終活」を考えます。

1分で苦痛のない安らかな死へ

「自殺幇助マシーン」とは聞きなれない言葉ですが、この装置を開発したオーストラリアのフィリップ・ニッツチク医師は70歳以上の安楽死を強く支持しており、「死もまた人生の一部。その決定は本人に委ねられるべきだ」との死生観から、この装置の役割を肯定的に考えています。

装置の概要

外見は上の写真の通りで、大きさは人が横たわって入れるほどのもの。
この機械の中にはボタンがあり、それを押すと内部には液体窒素が充満する。
すぐに酸素濃度は5パーセント程度まで低下し、1分もすれば利用者はほとんど苦しまずに意識を失う。
そしてそのまま、この機械の外装は棺となる。

以上がフィリップ・ニッツチク医師が代表をつとめる「Exit International」が開発した自殺幇助マシーン「Sarco」の概要です。

SF的感覚が備わっている世代

現在、「終活」を考えている世代は幅広いかと思います。
ですが、そのどの世代にも(もちろん個人差はありますが)「SF的感覚」が備わっているのではないでしょうか。

例えば映画のヒット作。
スタンリー・キューブリック監督の『2001年宇宙の旅』は1968年の公開。約半世紀前です。
さらに年末に新作が公開されるスター・ウォーズの第1作は日本では1978年に公開されています。
その後も、『バック・トゥ・ザ・フューチャー」シリーズや『ターミネーター』シリーズなど、SF的感性を取り入れたヒット映画は枚挙にいとまがありません。

そうした感性が養われた世代が「終活」に取り組むいま、上の「Sarco」のような「自殺幇助マシーン」は、決して冗談のようには受け取れません。
ましてや、オーストラリアでは(積極的)安楽死に関する法案が可決されたところ。

ひと昔前まではフィクションの中で繰り広げられていたSF的感覚が、現実となりつつある時代です。

可能にすることの功罪

科学は、不可能なことを可能にすることが大きな目的のひとつです。そしてそれは人間の生死にすら関わる。iPS細胞は非常に大きな関心を集めました。

上記の「Sarco」もまた、「苦しみのない死」という不可能を可能にする装置なのかもしれません。
とても合理的であり、前回の記事(「積極的」安楽死の問題)で述べた世界の流れとも矛盾しません。

しかし、だからこそ科学は、いつも倫理と衝突します。
言い換えれば、倫理がなければ、現状の不可能はもっと可能なものとなっていたでしょう。

「自殺幇助マシーン」は「死のカタチ」のあたらしい提案とも言えます。SF的感覚が養われたこれからの世代には、それは意味のわからないものとして映らないでしょう。
もっと言えば、この「死のカタチ」のあたらしい提案は、「死」をもっと簡単なものへと変換しているのかもしれません。

この装置をどう思うか。
それは、現在においてリアルな「終活」です。

「終活マガジン」では過去、さまざまな「死生観」を取り上げてきました。「死生観」とは、突然変異のようにあらたなものがあらわれる類のものではありません。
そのどれもが、連綿と引き継がれる中でじょじょに変化していったものでした。

その変化が加速していくいま、この装置をどう思うかはリアルな「終活」であると同時に、今後の世代の死生観を——つまり近い将来の「終活」を——左右するものとなり得るでしょう。