2025年問題と終末期医療

みなさんは「2025年問題」という言葉を耳にしたことはありますか?

「2025年問題」とは、約800万人いるとされる団塊の世代が後期高齢者となり、日本の社会保障のあり方が根本から問われるであろうことを予測しての提言です。

そして、その問題の核となるのは間違いなく「終末期医療」の問題でしょう。

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いよいよ差し迫りつつあるこの問題。
今月15日、厚生労働省は「終末期医療」に関する指針を、初めて改定する方針を固めました。問題を目の前にし、具体的な調整に取り掛かったものと考えられます。

「終活マガジン」では、これまでに何度か「終末期医療 – ターミナルケア」を扱ってきました。
今回は、いま「終活」に取り組む人々が、間違いなく直面するであろうこの問題について、過去の記事をもとに振り返ってみたいと思います。

世界的な問題

異文化から学ぶ「終活」②」では、アメリカ、カリフォルニア州にあるとある病院での終末医療の現場を映した、ダン・クラウス監督の『最期の祈り』という作品を紹介しています。
このドキュメンタリー映画は24分と短い作品ですが、「終末期医療」の難しさを痛切に映し出しています。
この問題に直面した人々をとらえた映像は珍しく、映画作品であると同時に、「終末期医療」を考えるうえでの重要な資料となるとも言えるでしょう。

福祉のあり方

異文化から学ぶ「終活」⑤」では、世界トップレベルの福祉制度を持つスウェーデンの「終末期医療」をご紹介しました。
消費税が25%と大変高いこの国では、しかし、18歳以下は無料で医療を受けられ、また、国や自治体の負担によって介護を受けることが可能です。
このことが、「寝たきりの老人」が大変少ないという状況を生み出しており、差し迫る「2025年問題」を考えるうえで、福祉の重要性を再確認することができます。

介護のあり方の模索

「宅老所」の可能性」では、福岡にある「宅老所よりあい」のひとびとが、特別養護老人ホームを作るまでのドキュメントを記した、鹿子裕文『へろへろ – 雑誌『ヨレヨレ』と「宅老所よりあい」の人々』をご紹介しました。

現状の福祉制度では「2025年問題」に立ち向かえないことがあきらかな今、あらたな介護のあり方を模索することは必要不可欠なことであり、その先駆けである「宅老所よりあい」のひとびとの取り組みは、その困難さとともに、そうまでしてもやるべきことである、という重要性を提示しています。

「安楽死」の問題

最後に、「「積極的」安楽死の問題」という記事。
いま、世界的に加速している安楽死の合法化の流れをご紹介しています。

この国でも間も無く問われはじめるであろうこの問題について、いかに考えるか。
「死」を扱うだけに難しいですが、避けられない問題であるのも事実です。

「終活」が視野に入れるべき問題は、死を迎えるまでで完結するわけではありません。葬儀や墓といった、その後のこともたいへん重要です。
ですが、そうしたことの前に立ちはだかるこの大きな問題につまずいてしまっては、その後のことを考えるのは難しいかもしれません。

「2025年問題と終末期医療」について考えなければならない時を、この国はすでに迎えています。