不安定な「健康」事情

当然のことですが、大なり小なり、誰もが健康に関する不安を抱いていると思います。
それは昔から変わらないことですが、ひとつ違うのは、現代においては健康に関する情報の量が大量だということ。

どれもこれも真に受けては時間が足りない……。
そもそも、なにが本当なのか……。

今回は、そんな現代の「不安定な健康事情」について考えてみたいと思います。

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例えばお酒や牛乳…

仕事柄、日々いろいろなニュースを目にするようにしているのですが、「適量のアルコール」が体に良いのか悪いのかに関しては、短い期間に情報が二転三転しています。
また、幼い頃、丈夫になると言ってなるべく飲まされた牛乳が、現代ではむしろ悪影響を懸念されています。

こうした情報をすべて鵜呑みにし、実践している方はいないと思いますが、とはいえ「健康」に関することはどうしても気になります。

情報化社会の弊害

近年、若年性の健忘症や認知症の話題が増えています。

たとえば、現代のひとびとは年齢を問わず、常にスマホなどから情報を入手しているため、脳が「オーバーフロー(許容を超えてしまうこと)」し、過労状態となり、それが原因でうつの症状や認知症を発症するのでは? という提言がありました。

言われてみれば、そんな気もします。
また、「デジタル健忘症」という言葉で、デジタル機器に頼りきりのため、記憶力が低下している、などという意見もあるようです。

このような仮説、あるいは初期の研究の情報が素早く手に入るのは、情報化社会の効用でもあるのですが、同時にそうしたことが「健康被害」に繋がっているかもしれないというのは、皮肉なことです。

現代における「知恵」とは

過去に「踊らない「終活」」という記事を掲載しました。
昨今、「終活」においても、情報や選択肢が溢れ、そのことによる混乱を懸念した内容のものです。

とはいえ、情報をシャットアウトすれば良いというものでもない。
いわば、「バランス感覚」が問われている時代です。

そんな中、全ての情報を受け入れ、日々、健康情報に生活を左右されたり、葬儀から墓まですべて最新の「終活サービス」を取り入れるのは、バカらしいこと。

情報が増えれば増えるほど、補強されるのではなく、不安定となってゆく「健康」や「死」のあり方。
そうした現実を前に、もっとも重要なことは、「判断」や「選択」をするための知恵や知識かもしれません。

「終活マガジン」では、今年も通り一遍な情報だけでなく、いかにそうした情報と向かい合うべきなのか、そうした姿勢の提案もできればと考えています。