匂いのこと

医療の発達や介護の問題などから、自宅で最期を迎えることが難しい時代となっています。

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また、死後の手続きなども、自宅で最期を迎えた場合、複雑となることから、自宅での最期は非合理的ですらあるのです。
とはいえ、やはり慣れ親しんだ場所で最期を迎えたい。そう思う気持ちは珍しいことではないでしょう。

そこで、自宅での最期を想像してみる。
おそらく目は閉じているか、開いていたとしても、身動きが十分に取れるとは思えないため、視野は限られている。

そうした時、そこが慣れ親しんだ場所であることをどう認知するのか。

そう考えた時、それは匂いにあるのではないかと筆者は考えました。

目には見えないもの

当然のことですが、匂いは目に見えません。だからこそひとはそれに敏感で、好みの異性などは、無意識に匂いで判別しているという研究発表もあるようです。

また、「家の匂い」というものがあります。自宅を長く離れた時や、他人の家を訪れた時などに、家主はそれが当然のものなので意識はしないですが、「家の匂い」というものがあることを認識します。

病院や介護施設などは、特に衛生面に気を付けるため、それは非難されるようなことではないのですが、どうしても特有の匂いを発しています。
これは動物の「終活」にも関係することかもしれませんが、より嗅覚の強い犬などは、かすかな消毒薬の匂いなどで病院に連れていかれることを察知したりします。

あまり語られることではありませんが、慣れ親しんだ場所の匂いはとても大切なのではないでしょうか。

アロマテラピー

匂いの影響力の重要さは、アロマテラピーというものが存在することからわかるとおり、古くから知られるところです。
しかし、こと死の間際に限ると、目に見えないがゆえについ忘れがちな感覚にも思えます。

また、リラックスできる匂いと、慣れ死んだ匂いの持つ力は、また別のものと言えるでしょう。

最期の匂い

これは、筆者のひとつの提案となりますが、冒頭で述べたとおり、いまは自宅で最期を迎えることが難しい時代です。
病院で最期を迎えるまでの時間、慣れ死んだ匂いをふくんだものが側にあるだけで、ずいぶんと心はやすらぐのではないでしょうか。

また、葬儀などにおいても、葬儀場の匂い、線香の匂いに限らず、亡くなったかたが生前好きだった匂いがあったとすれば、それを漂わすこともまた、ひとつの葬いの作法ではないでしょうか。

ひとはつい、視覚にとらわれてしまいます。棺を色とりどりの花で埋めるのです。
それよりも、なにか安らぐ、あの慣れ親しんだ匂いを。

そうした考え方があっても良いと思うのですが、みなさんはどうお考えでしょうか。