化粧品のトップセールスウーマン

終活はこれから旅立つ方の視点が多いですが、見送る側の気持ちも理解しておく必要もあります。
このカテゴリでは見送る側の気持ちを、様々な故人とのエピソードから覗いてみます。
今回はその第3回目。千葉県T.Tさんのエピソードです。

 

 

私の母は、私が物心がついた頃から化粧品のセールスウーマンの仕事をしていました。

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私の家は電気店と営む父と母、兄2人と私の5人家族でしたが、生活は決して楽ではありませんでした。
父は商売に熱心ではなく、自分の趣味などにお金を使う人だったからです。

 

母が化粧品のセールスをしていたのは、当時は歩合が高額だったこと、幼い私達を車に乗せて連れて歩ける仕事だったからなのでしょう。
しかし、化粧品のセールスをするような女性像と母はまるでかけ離れていました。
小学校前の私が感じたくらいだったのです。
母はお洒落な洋服を着るわけでもなく、派手なお化粧をする女性でもなく、本当に素朴なおばさんでしかありませんでした。

 

そんな母が何故、この仕事を選び、それなりの成績を残せたのか、私には不思議でなりませんでした。
当時の化粧品セールスは、一軒一軒の家に飛び込みで訪問をし、商品を紹介し、買って頂くという地道なものでした。
母は私達を車に乗せ、毎日初めての家を訪問するのです。
呼び鈴を鳴らして、怒鳴られることもありました。
何も言わず、黙って鍵を閉められることがほとんどでした。
けれど、母は決して落ち込まないのです。
断られても、「ありがとうございました。」と丁寧にお客様に頭を下げているのを私は何度も見ました。

 

「このクリームがひとつ売れればね、あなたのセーターが一枚買えるのよ。」と母が私に言ったことがあります。
「そのためになら、何度も頭を下げられるのよ。」と母は笑っていました。

 

母は、決して美人でもなかったし、派手でもなかったのですが、逆にだからこそお客様を大切にし、どんなお客様にも丁寧に商品の説明をし、マッサージをサービスしてお客様の心をつかんでいたのでしょう。
母のそんな地道な努力は次第に大きな力となり、お店のトップセールスウーマンとなりました。と同時に地域でも有名なセールウーマンとして名を広めていきました。

 

私が中学に行く頃には、全国のトップ100名の中にはいっていたくらいですから驚きです。
それでも母のする仕事は何も変わりませんでした。
あいかわらず、一軒一軒、新しい家を訪問し、お客様を増やしていました。
そのうち、長く付き合うお客様がほとんどとなり、お客様というよりもお友達として、毎月訪問することがお互いの楽しみとなっていることが多かったようです。
そして、母は、そんなお客様にもいつも家を出る時にはしっかりと頭を下げて、「ありがとうございました。また、来月伺いますね。」と挨拶をしていたのだそうです。

 

私は、セールスマン、特に化粧品などのセールスはある程度、派手でないと売れないというイメージがありました。
けれど、母のセールスマンとしての姿勢は、一貫していたのです。
お客様に誠意を持って接すること、感謝の気持ちを決して忘れないこと、それだけだったのです。
私は母のそんなお客様への誠意の伝え方がとても好きでした。
社会人になり、私は接客業を選ぶことになるのですが、その背景にはいつも母のお客様へのあのお辞儀と丁寧な対応がありました。
私の接客業の原点と言っても過言ではないと思います。

 

母は76歳で病気で亡くなりましたが、生涯、ずっと化粧品のセールスマンを貫いていました。
お客様も昔からの方が多かったので、それなりの年齢でしたが、そのお客様の娘さんやお孫さんに至るまで、母は嬉しそうに商品を届けていました。
母にとっても、化粧品のセールスマンの仕事は欠かせないやりがいだったのでしょう。
私は接客業と言っても、セールスマンではなかったけれど、お客様に感謝をすること、お客様のためにできることを追及する仕事を目指すことを選びました。

 

母から教わった人との関わりをどのように仕事に活かしていけるかをもっともっと極めたかったからです。
その結果、私はあるアパレル会社でCS(顧客満足)のトレーナーとしての地位を得ることができました。

 

どのようにしたら、お客様の満足が得られるか、より質の高いサービスを提供できるか、どのようにスタッフを育てていけば良いのか、そんなことを研究し、全国の店舗スタッフに伝えていく仕事です。
これは、大変でもあり、しかし同時にやりがいを感じられる仕事でした。
お客様からご不満を頂いた場合にはどうしたら良いのか、それをスタッフに伝えることは決して簡単なことではありません。
スタッフの気持ちも認めてあげなければなりません。けれど、どんな時も私の原点は母のお客様への誠意でした。
感謝の気持ちがあれば、お客様はきっとわかってくださる。母は最期の最後まで私にそれを教えてくれました。

 

私はそんな母を今でも心から尊敬し、この母の下に生まれたことを感謝しています。
私の接客業の原点を与えてくれた母、いつまでも私の中ではあの化粧品のトップセールスウーマンなのです。

 

お母さん、本当にありがとう。

私はこれからもずっとあなたの原点を守っていきたいと思います。