優しい祖父との想い出

終活はこれから旅立つ方の視点が多いですが、見送る側の気持ちも理解しておく必要もあります。
このカテゴリでは見送る側の気持ちを、様々な故人とのエピソードから覗いてみます。
今回はその第4回目。東京都M.Tさんのエピソードです。

 

 

私の祖父が胃がんで亡くなったのはもう約10年前の話です。

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私は大学生の時に田舎を出て以来あまり実家には帰っていませんでした。
実家は東北地方で、祖父とは長い間会っていませんでした。
その当時私はまだ28歳で、都会で社会人になり働き、田舎に帰るなど時間がもったいないとばかりに彼氏と同棲し、毎日のように遊んで暮らしていました。
祖父は生前ずっと私が結婚せずに男とただ暮らしていたことをとても心配していたそうです。
祖父が亡くなった日のことは今でも忘れません。

 

その日の朝、目覚めるときに、何か気配がするのです。
私は霊感などないのですが、その気配は祖父だとすぐに気づきました。
何か温かい黄色い優しい光に包まれて祖父が心配そうに私の方をずっと見ていました。
はっきりと目が覚めた時には祖父の気配は消えてしまいました。
その時はたぶん寝ぼけていたのだろうと思い、いつものように会社に出社することにしました。
その時電車の中で携帯電話がなりました。見るとそれは父からの着信でした。
その時、父から祖父が亡くなったことを聞かされました。
なんとなく自分の中で祖父に何かあったのではという気がしていましたので驚くことなくすんなりと受け止めたことを覚えています。

 

私が家で祖父の気配がした後、7時半頃に祖父が亡くなりました。
亡くなる前に祖父は私に会いに来てくれたとはっきり確信しました。
後で聞いたのですが、私以外の親族で祖父のなくなる前に気配を感じたという人はいませんでした。

 

しばらくぶりに実家に帰り、お葬式に出ました。

その時に祖父は私のことをとても心配していたと祖母に聞かされました。
長らく彼と同棲はしていたものの結婚には至ることなく長い年数を経ていたので、結婚できないのではないかと心配していたそうです。
また私は若いころから精神的にとても弱い部分があり、家族にとても心配をかけたこともあったのでとても心配をしていたようです。

 

私は3人兄弟の長女です。
小学生の頃から両親が共働きでしたので祖父母の家に預かってもらうことが多く、祖父はよく私たちが家に帰るときには歩いて数分なのによく車で送ってくれました。
祖父は、パチンコが好きで大酒飲みでよく怒る神経質な人だったと私の母は言っていますが、私たち兄弟は祖父の優しい面を知っていましたので、祖父のことがとても大好きでした。
私たち兄弟は遊んでもらったという記憶はないのですが、夕暮れに必ず毎日家まで送り届けてくれる優しいおじいちゃんでした。
小学生から高校生ぐらいまで毎日祖父母の家を行き来していましたが、私が都会の大学に進学のため上京しましたので、その後はあまり会う機会がなくそのまま長い年月が経ってしまいました。

 

祖父が胃がんに侵されていると知ったのは、私が20代中頃のことでした。
お見舞いにすぐに帰省したら祖父はすでに寝たきりでとても悪い状態でした。

体中が痛み、起き上がることもできずに辛い毎日を送っていたようです。
祖母を杖につけた鈴を鳴らしては日に何度も呼んでいましたので、祖母も憔悴していました。
カニと生ガキが食べたいとしきりに言っていました。
カニ缶はいくらくらいするのかとしきりに祖母に聞いていました。
けっして買ってこいとは言わないのですが、値段を聞いていました。
祖母の家の近所にスーパーがあったのですが、私はその時に持ち合わせがなくカニ缶を買えませんでした。値段はそれほど高くはなかったのですが、なんであの時にカニ缶を買って持って行かなかったのだろうと今でもとても後悔しています。
時期的に取れなくて手に入れるのは難しかったけれど、生ガキも食べさせてあげたかった。
病気で食べることはできないかもしれないけれど喜ぶ顔を見たかった。

 

今更後悔しても遅いのですが、大好きな祖父のためにもっとしてあげることがあったのではと本当に悔やんでいます。
遠方だったけれどもっとお見舞いにも行けばよかったです。

 

そして祖父が一番心配していた、私の将来。
祖父が亡くなって3年ぐらいしてやっと彼と結婚することになりました。
同棲してからすでに7年以上の歳月が経っていました。
別れるのか、別れないのか。決断できない彼を見限ろうかとも思ったこともあります。
もっと早く結婚式を挙げていれば祖父にも見せてあげれたのに。
本当は花嫁姿を見せて安心させてあげたかったです。

 

もしできることなら祖父に今では子供も生まれ、毎日幸せに暮らしていることを知らせたいです。
今私が幸せに暮らしているのも祖父が見守っていてくれるからだと思っています。
生前とても心配をかけたけれど、祖父はいつまでも見守ってくれているような気がします。
多くの孫たちに囲まれて、大好きなパチンコを心行くまで楽しんで、お酒もたくさん飲んで、病気はとても辛かったと思いますが、やり切った人生だったと思います。
またお盆にお墓参りに行って現状報告してきたいと思います。

 

これからもいつまでも見守っていてください。
そして私の人生が終わるときにまた逢えるといいです。