りんごの木と父

終活はこれから旅立つ方の視点が多いですが、見送る側の気持ちも理解しておく必要もあります。
このカテゴリでは見送る側の気持ちを、様々な故人とのエピソードから覗いてみます。
今回はその第5回目。大阪府Y.Sさんのエピソードです。

 

「大きなケガをしないように頑張るんだぞ!」

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この言葉が、私が最後に聞いた父の言葉となりました。

 

昨年の夏休み、子供達の部活動や習い事を終わらせ、慌ただしく2泊3日で信州の実家に帰りました。
大阪の自宅に戻る際、父は私の息子の肩をたたきながら、この言葉を言いました。
息子は小学6年生で、1年生の頃からサッカーを続けており、夏休みも合宿や試合・練習とずっと忙しい毎日を送っておりましたが、大好きなお祖父ちゃんには絶対会いたいからと無理に休みを作り毎年遊びに行っていました。
父と息子の関係は、本当に気の合う仲の良いお祖父ちゃんと孫の関係でした。

父は息子と共に川遊びや魚釣りを楽しみ、流しそうめんの竹水路を作りノコギリやナタの使い方を教えてくれたりと、本当に楽しそうに過ごしておりました。

周りの人から「いつも一緒で仲が良いね」と言われるほど、幼い頃から一緒にご飯を食べ、一緒にお風呂に入り、一緒に寝る仲の良い関係でした。
昨年10月の三連休、体育の日に実家に住む弟から父が山から転落死したという連絡を受けました。

私の頭に真っ先に浮かんだ事は「息子に何て言えばいいの?」という問いでした。
この日も息子はサッカーの試合に出掛けており、家に帰ってきたのは暗くなってからでした。
お祖父ちゃんの転落死という衝撃的な現実を息子は茫然と聞いておりました。

夜中に様子を見に行ってみると、布団の上で声を立てずに泣いており何も声をかけることはできず、抱きしめてあげることしかできませんでした。我が子の慟哭は本当に辛く胸が痛かったです。

 

その日も山に行く直前まで畑仕事をし、家族共に昼食を食べ普通の生活を送っておりましたので、別れの言葉は何もありません。

家の中も外も父の生活がそのままになっており、忽然と一人の人間の姿が無くなったことは現実とは思えませんでした。

あまりにも突然の別れで、家族は皆、嘆いたり悲しんだりする心は遠い場所にあるように感じられました。
兎にも角にも通夜・葬儀をあげなければいけないと気丈に振る舞い、必死で終わらせました。

 

父は、母と共に大きなりんご園を営みながら私達兄弟を育ててくれました。
実家は古くから続く大農家のため、父は後継ぎとして厳しく育てられたと聞いています。畑仕事をする傍ら町内の役員や農業組合など〇〇長と名の付く役職を引き受けねばならず、困りながらも頑張っておりました。

人前に立ってスピーチをする時などは、何度も言い間違えたり、口ごもったりするので、私は心の中で「お父さん頑張れ」と念じていました。人前に立って話すことが苦手な父には辛いことだったと思います。

 

そんな父ですが、春になるとワラビやタラの芽と言った山菜を採りに、秋にはキノコを採りに山に行き、夏は川魚を釣りに行き、蜂追いも好きで山の中によく出かけていました。

山菜やキノコ採りは、雑草や苔なども一緒に採ってしまうので、母は迷惑がっていましたが気にせず出掛けていました。自然の中にいることが何より楽しかったのだと思います。

蜂追いは、綿にハチミツを含ませ、その綿のハチミツを吸いに来た蜂を追いかけて巣を見つける根気のいる作業です。私が小さい頃は採ってきた蜂の巣から、ピンセットで蜂を取り出す手伝いをさせられました。
信州は山国なので昔から海魚などのたんぱく質の代わりに蜂の子を煮て食べる習慣があり、今でも蜂の子の煮つけは家庭でも食べられています。
父にとっては栄養の為に私達に食べさせたかったのだと思います。

 

孫が産まれると今までは作っていなかった、キウィ・ブルーベリー・ラズベリーなど様々な果物を作るようになり驚きました。
ブルーベリーは野菜や他の果物と違って、酸性の用土でなければ健康に育たないそうですが、孫の「ブルーベリーが食べたい」という言葉に土壌さえも変えてブルーベリーを作るようになりました。

夏の流しそうめんの為に親戚の竹林から竹を伐ってきたり、スイカ割りの為に大きなスイカを市場に買いに行ったり、孫の喜ぶ顔を見るために一生懸命に動いてくれました。

 

葬儀の次の日からりんごの収穫を行い、父のいないりんご畑を家族総出で手伝いました。
今、母と弟はりんご園を守ろうと必死で頑張っています。慣れない農作業に悩み疲れるようですが、近所の方々が手伝ってくださり有難いなと感謝の気持ちでいっぱいです。

 

息子も春から中学生になりました。
入学式で新入生代表挨拶を任され、緊張しがら務める姿を見てほしかったなと強く思いました。

サッカー部に入り体の大きな上級生に負けないように過酷な練習も頑張っています。
激しい競技なので、ケガをすることはあると思いますが「大きなケガをしないように頑張るんだぞ!」この父の最後の言葉をずっと忘れないでほしいと思っています。

 

父はご先祖様と共に自分が育てていたりんごの木に囲まれ眠っています。
好きだった山や野の自然に囲まれた場所で安らかに眠ってほしいと願い、それぞれ頑張っている家族を見守ってほしいと願っています。