いつでも優しく迎え入れてくれた祖母との想い出

終活はこれから旅立つ方の視点が多いですが、見送る側の気持ちも理解しておく必要もあります。
このカテゴリでは見送る側の気持ちを、様々な故人とのエピソードから覗いてみます。
今回はその第6回目。千葉県K.Mさんのエピソードです。

 

 

それは、母方の祖母。
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内孫として、私達、兄弟は生まれました。
母方の祖父は、姉が産まれた頃には他界しており、兄弟共に、祖父の事は写真でしかわかりません。
祖母は、頑固な所もありますが、私達兄弟を、とても可愛がってくれました。

しばらくは、一緒に食事をして居たのに、いつの頃からか、自室で食事を取る様になりました。
父が仕事などで居ない時は、たまに、リビングに来て、一緒に食事をしたりしついました。

 

出不精で、殆ど出かけず、いつも、庭の掃除をしたり、植木の手入れをしたりしていたのを覚えています。
日頃から、亡くなった祖父と苦労して、この土地を持つ事が出来た、庭の植木も祖父と共に植えたと、祖父との思い出と共に、苦労して今に至る事を話してくれていました。
出不精な祖母ですが、元気な頃、私達兄弟をつれて、一駅先の植物園に連れて行ってくれた事があります。姉は、祖母とはソリが合わず嫌々ながらに行っていました。
記憶に残る祖母との外出は、植物園だけですが、祖母なりに、思い出を作ってくれていた様で、以前、写真が残っているのを見た事がありました。それをみて、本当に可愛く思ってくれて居たんだと思いました。

 

私達兄弟は、成長するにつれ、祖母との距離間が遠くなっていきました。
学年が上がって行くうちに、交友関係も広がっていったりするのもそうですが、認知症が垣間見えるようになって来たからです。
当時は、認知症という事は分からず、ちょっと変だねと話していました。

ずっと、苦労した昔話ばかりを、堂々巡りで話したり、電話をくれた方を捕まえては、長話をしたり。少しづつ少しづつ、病が進行していたのに、気がつく事が出来ず、身内なだけに、苛立ちを向けてしまう事もありました。
それに対して、激怒されたり、父からも、祖母に対しての言動を注意される事もよくありました。

 

大人になり、介護職として働き始めた時、祖母の中で、病との狭間で辛かったんだと思えた時、わかってあげられなくて悪かったと感じる様になりました。
姉は、祖母を目の敵の様な態度で接していた為、姉の事は良く言わなかった祖母。
誰かを呼ぶ時、必ず母の名前を呼び、次に、私の名を呼んでいました。
私が、デキ婚をしてしまっても、身体を心配してくれました。

 

まだ、起きたり歩く事が出来ていた祖母は、産まれて来たひ孫を、それはそれは可愛いがってくれました。
ひ孫の名前を、ちゃんと呼べず、いつも間違えて呼んでいました。
娘は、最初のうちは、違う!と反抗していましたが、仕方ないと諦めてくれてました。
結婚した為、私は、一旦、実家を離れ暮らしていました。

 

時々、娘と一緒に実家に来たりしていましたが、数年経つと、実家に帰る事が増え始めていました。
良く戻って来る孫とひ孫。
祖母は、何かを感じていた様で、帰るねと声を掛けると、もう帰るのか?という時もありました。
夫婦間で、色々とあり、実家に戻る回数が増えている事は、母には伝えてありました。
その間も祖母は、弱って行き、横になっている事が多くなり、介護が必要な状態になっていました。

 

真夏。娘が夏休みに入ったと同時に、私は、夫婦間の問題を解消し終え、正式に離婚し、娘を連れて、実家に戻る事に。実家に帰って、祖母に、ケジメとして挨拶をしに部屋へ行くと、頑張って、身体を起こし座って迎え入れてくれました。
これから、再び、この家で暮らす事になります、またお世話になりますと話をすると、戻って来ると思っていたと。
この家は、お前が継げば良い。と、言ってくれたのです。私は、2番目の子。姉さんがいるでしょう?と言うも、答えは一緒。お前が継げば良いと言う。祖母の本心だと想いました。母も、祖母の本心だと言うのです。

 

今までずっと、そっけない態度を取り、孝行してあげれなかったのに、無条件で、私達、母子を受け入れてくれた事を、凄く嬉しく想いました。
私達、母子が戻って来た事が、祖母の中でも嬉しかったのでしょうし、安心してくれたのでしょう。

 

私達が戻ってから10日程したある日。
母が用事をしに出かけ2時間程経った時、祖母の様子を見に行きました。
声を掛けても反応がなく、近づいてみると、ぐったりしていました。父と姉に声を掛け、救急対応をしました。
結局、搬送先の病院で、天国へ旅立ちました。
94歳。大往生だと想います。

私と娘が帰って来る事を、待っていてくれたんだと、心から、そう想いました。
今でも、そう想っています。
葬儀を終えてからの1年の間、月命日には、必ずお墓参りにいきました。
一周忌の際、御住職のお説教で、いつまでもしていると、故人が浄土へ行けませんよ。故人は、故人を想う人の心の中におります。と聞いた時、なにか昇華した気がしました。

 

それからは、節目節目のお墓参りにしか行けて居ませんが、お仏壇に話しかけます。
祖父に会えましたか?
天国から、見て居ますか?
何をしていますか?
今日は、新しいお花に替えましたよ。
などと。

 

ある時、1枚だけ、祖母が幼い娘を抱いて撮った写真がでてきました。
外ひ孫もいるのに、その子達との写真はないのに。
奇跡の1枚だと思いました。

 

祖母が亡くなって、間もなく6年。
今でも、祖母がいるような気がしています。

 

 

今年は、7回忌法要をしますね。
その時に、また、お寺さんで会いましょう、おばあちゃん。