遊びを通して想いを言葉に

物事には得てして「きっかけ」が必要です。
それが重要なこととなれば、なおさらのこと。

これまで筆者は、「終活マガジン」の記事を書くにあたり、「いかにして『死』を考えるか」ということを念頭に置いていました。
ですが、言うまでもなく、それはとても難しいことです。

先人に話を聞くことは叶わない。誰もが体験するのに、その「カタチ」は誰も知らない。
こうした難題に取り組む「きっかけ」となると、残念ながらそれは「死」が間近に迫った時となることが多いでしょう。
ですが「終活」とは、そうなる前に取り組むべき活動です。

今回は、そうした難題と向き合う「きっかけ」となるかもしれないカードゲームをご紹介します。

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もしバナゲーム

アメリカで開発されたカードゲーム「Go Wish Game」。
それを日本の「iACP」という法人が日本語版として制作したのが『もしバナゲーム』です。

iACP | もしバナゲーム

『もしバナゲーム』は36枚のトランプほどの大きさのカードで構成されており、そこには様々な「もしものとき、自分ならどうするか」考えざるを得ない言葉が記されています。

たとえば、「誰にそばにいてほしいか」。
あるいは、「機器につながれていない」。

プレイヤーは、自身が「もしも」余命半年だったら、という設定で、優先したい事柄の書かれたカードを手札として残し、そうでないものの交換を繰り返します。
そして最後に残った5枚を元に、ひとりで、あるいは別のプレイヤーとそれぞれの死生観について考えます。

インタビュアー

いわば、このカードは「余命半年」をイメージしたプレイヤーに対するインタビュアーです。
カードゲームという体裁があるからこそ、「誰にそばにいてほしいか」「機器につながれていない」、といった生々しい質問も可能となりますし、また答え易くもなるでしょう。

実際、「誰にそばにいてほしいか」「機器につながれていない」といったことは、大半のかたが病院でなくなる現代、また、「尊厳死」についての検討が不十分なこの国においては、非常に重要かつ、難しい問題です。
(尊厳死については、「「積極的」安楽死の問題」という記事をご参照ください)

しかし、かといってそれについて話す「きっかけ」を「自然」に待っていたのでは、それは遅過ぎるのです。

きっかけ

まさにこのカードゲームは、そうしたことを話し、言葉でとらえる「きっかけ」となるでしょう。

ひとはどうしても、「言葉」を使って考え、コミュニケーションをとります。

遊びを通して想いを言葉にすることで、自分自身が発見をするかもしれません。
また、伝えるべき相手にやわらかなカタチでその想いを伝えることもできるかもしれません。