統計学と人類の寿命 – ナイチンゲール

「人類はどれだけ生きていられるのか」あるいは「不老不死は可能なのか」。

Nightingale

古くから人々が関心を寄せるテーマであるがゆえに、科学——特に遺伝子研究——の進歩につれいろいろな推論が登場し、また覆っていきます。

ところで、昨今、データ・サイエンティストと呼ばれる職種が注目されています。
情報技術の進歩により、巨大なデータの取得が可能となり、そうしたデータを統計学的に扱える人々が嘱望されているのです。

「人類はどれだけ生きていられるのか」
そうした問いに対しても、遺伝子研究とは別の側面、つまり統計学の観点からさまざまな推論が生まれています。
たとえば、「人間は105歳を超えると「死ににくくなる」傾向がある」という研究結果が発表されていたりもします。

ただ、「終活マガジン」としては、「どれだけ生きていられるのか」よりも「どう生きるのか」に重きを置いているため、こうした研究のご紹介はいたしません。
その代わりに、統計学の始祖とされるナイチンゲールの話をご紹介したいと思います。

ナイチンゲール

ナイチンゲールといえば、どちらかといえば「白衣の天使」、献身的な看護師として知られるのではないでしょうか。
実際、彼女は19世紀の半ばにクリミア戦争に看護師として従軍し、「白衣の天使」の語源となっています。

ですが、その活躍の背景には、後の姿である優れた統計学者としての側面が大きく貢献しています。

衛生状態の改善

ナイチンゲールが戦地で率先して行なったのは、兵舎病院の衛生状態の改善でした。
というのも、官僚的な縦割り行政の弊害から、看護師団は病院への立ち入りを拒まれていたのです。

そこで彼女は、どの管轄にもなっていない兵舎病院の便所に目をつけました。
さらに管轄の曖昧である衣類の洗濯にも取り組みます。

こうした活動により、後にわかることですが、兵舎病院による死の最大の原因であった感染症を抑止し、結果的にナイチンゲール率いる看護師団の従軍後、兵舎病院の死亡率は低下します。

クリミア戦争の終焉

ナイチンゲールが看護師に従事していた期間は、2年半でした。

クリミア戦争後の彼女は、過酷な従軍看護の影響で体を悪くしましたが、病床から現場にあった問題——つまり兵舎病院の死亡率の高さが、感染症に依っていること——を軍上部へと訴えます。

この時、彼女は統計学を用いました。
つまり、言葉や説得で応じない上部に対し、明確な数字とそれのグラフ化——ナイチンゲールは「鶏のとさか」と呼ばれる円グラフを考案します——によって、論理的かつ視覚的に訴えかけたのです。

この「鶏のとさか」と呼ばれるグラフには秘密があり、ある種の視覚的演出が施されているのです。
仔細は省きますが、差が視覚的に際立ってみえるようになっており、プレゼンテーションのための作為とも考えられます。

ですが、それががナイチンゲールのやり方でした。
彼女は統計学を学びたいのではなく、目的のために統計学を用いたのです。

人類の寿命

統計学的に考え、「人間は105歳を超えると「死ににくくなる」傾向がある」ということがわかっても、「生き方」が変わるわけではありません。
それは学問の話であり、われわれは常に明日にでも死ぬ可能性のなかで暮らしています。

そうした中でどう生きるか。どんな「終活」が今日できるか。
「終活マガジン」では、そうしたことを今後も主題としていきたいと思います。