異文化から学ぶ「終活」⑩ – ③

前回、ケルトの信仰を知るうえでの重要な概念「異界」を、「常若の国のオシーン」という「浦島太郎」の類話を用いてご紹介しました。

おさらいとなりますが、「異界」とは「死後の世界」であると同時に現実世界との行き来も可能であるという複雑な世界です。

昨今、さまざまなファンタジーを見聞きする機会のあるわれわれであれば、なんとなくその姿を想像できるのではないでしょうか。
それもそのはず。われわれが見知ったその世界観の根幹にあるのは、ケルトの死生観に由来したイメージに他ならないのです。

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ハロウィーン

昨今、日本でもハロウィーンは馴染み深いものとなっています。

現代認知されているハロウィーンの形はアメリカの民間行事の体裁を取っていますが、元を辿れば、それはケルトの新年を祝う最重要の祝祭「サウィンの祭」です。
ハロウィーンとは異なり、信仰心の強いケルトのそれは大変厳粛な祭であったようで、生贄が捧げられたといいます。

ケルトは一年を夏と冬の二つに分け、冬の始まりである11月1日を年明けとしていました。
そして季節の変わり目——10月31日の夜——には「異界」との扉が開かれる——つまり、霊と人間の行き来が可能となる——と考えられていたようです。

日本にも「お盆」という行事が存在しますが、それは「あの世「から「この世」への一方通行です。
生きたまま「あの世」へ行き、ふたたび「この世」へと戻ってくる話もなくはありませんが、それは日本の死生観では臨死体験のような非常に稀なケースと捉えられています。

それゆえに「異界」における往来が可能という考え方はとても不思議ですが、それが「常若の国のオシーン」という話を生み、また「死」だけがその行き来の方法でないことが「恐ろしいものではない霊」——妖精——のイメージを作り出したのでしょう。

生と死の曖昧さ

ところで「異界」という概念は、あの世とこの世、という表現に比べて随分と曖昧です。
それは裏を返せば、ケルトにとって「死」というものが常に身近にあったということではないでしょうか。

前々回(「異文化から学ぶ「終活」⑩ – ①」)述べたとおり、ケルトは自然物を崇拝していました。それは樹木であり、動物であり、水であり火でありました。
果ては家庭用品である大鍋ですら崇拝の対象としており、かれらは身の回りに常に「異界」の存在である「精霊」を意識していたのでしょう。

さて、「異文化から学ぶ「終活」⑩」の最終回となる次回は、「異界」という概念を持ったケルトは死と埋葬をどう扱ってきたかをご紹介したいと思います。

>> 異文化から学ぶ「終活」⑩ – ④