デラシネ

「デラシネ – déraciné」

フランス語で「根こそぎにされた」という意味です。
転じて「根無し草」、あるいは故郷や祖国から切り離され社会を漂よう流れ者を言い表す言葉となりました。

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墓について考えていると、たびたびよぎるのが「故郷」という言葉です。
生まれた土地はたしかに大切な場所です。ですが、生まれた場所ではない場所で長く暮らすひとも多いはず。
さらには「デラシネ」のようなひとも……。

風葬の場所

遊牧民には「デラシネ」とは違い故郷はあるでしょう。しかし彼らは移動を続けています。
すべての場所は通り過ぎる場所なのです。

以前、沖縄の死生観として「風葬と亀甲墓 – 沖縄の死生観」という記事を掲載し、過去に行われていた「風葬」を取り上げました。

遊牧民の多いモンゴルでは、いまもなお「風葬」が主要な埋葬法です。
ですが、同じ「風葬」であっても、ふたつはずいぶんと様相が異なります。

かつての沖縄での風葬は亀甲墓に木棺を安置し、そこで風化を待ちました。
海のそばで暮らしニライカナイという理想郷を民間信仰に持つひとびとは、風によってその土地の海へと葬送する想いだったのでしょう。

では、モンゴルの「風葬」とはどのようなものか。

亡くなったからといって故郷に帰るわけではありません。亡くなった場所は移動を続けた末の場所です。
さらに遺体はラクダか馬車に緩く固定され、その時の場所から出されます。そして途中で落ちた場所が死者の風葬の場所であり、さらには墓の場所となるのです。

月面で眠る唯一のひと

月面に埋葬されたひとは、歴史上にひとりしかみません。
アメリカの天文学者、ユージン・シューメーカー博士です。彼は1997年に亡くなりました。
1999年、「いつか宇宙飛行士となって月面を歩きたい」という博士の夢を叶えるため、人類史上、いまのところ最初で最後の「月面への埋葬」が行われました。

シューメーカー博士の遺志はわかりませんが、博士が人望のある人だったからこそこの大規模なプロジェクトは実施されたのでしょう。

とはいえ、なんとなく寂しい想いをしてしまうのは筆者だけでしょうか。
なにしろ、誰もいない場所にただひとり埋葬されているのです。お墓参りも簡単ではありません……。

デラシネ

フランスにはわざわざ故郷を失ったひとを表す言葉があるくらいですから、その差こそあれ、ひとびとの土地への想いは万国共通のものでしょう。
遊牧民にも遊牧民ゆえの土地への哲学があるのだろうことは、ラクダや馬車に緩く固定し「どこかに」落ちたその場所を「死」の場所とする儀式的行為から感じ取れます。

いろいろな死生観があり、死後の肉体と魂のあり方はそれぞれです。
ですが、その意図は様々ですが墓は古くからありました。そしてその形は大小の差こそあれその「土地」に根ざすのです。

筆者はつい「居場所」という言葉を連想してしまいます。

とはいえ、それが正しいのかはわかりません。
月面に埋葬したからといって月面にひとりぼっちなどと想うのは浅はかかもしれません。
墓がないほうが、死後も世界を漂い気楽で良いと思うかたもいるでしょう。

「埋葬の場所」

読者のみなさんは、それをどのようにお考えでしょうか。


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