2018総集編 ⑥現代的問題 – 前編

「終活マガジン」では、異なった文化や古い文化にまつわる死生観をご紹介すると同時に、現代的問題も平行して扱っています。

本稿では、特に「現代的」と言える問題を扱った記事に焦点をあてたいと思います。

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「あたりまえ」の崩壊

ここ数年「終活」という言葉が注目されているのは、超高齢化社会が進んでいるからだけではないでしょう。
そこには、これまでの「あたりまえ」が何らかの理由で崩壊し、われわれがあたらしいそれらのカタチを考える必要にかられた、という背景があるからです。

●「「なんとなく」と「違和感」 – 昨今の仏壇事情

「あたりまえ」が崩壊した「何らかの理由」。それは複合的なもので、ゆえに厄介です。
たとえば昨今の「仏壇のあり方」。
大抵の家には仏壇があった。そんなあたりまえは、なぜ崩壊しつつあるのか。
それを考えたのが上記の記事です。

●「大都市東京 – 孤独死の問題

「孤独死」もまた深刻な問題ですが、この問題がより厄介なのは、今後、より大きな問題となってゆくことが明白なことにあります。
いま、建設的な手立てを講じなければ取り返しがつかない。いわばデッドラインがすでにすぐそこにあることを、われわれは認識する必要があります。

●「現代的「おとなりさん」

そんな「孤独死」の問題と向き合ってはみたものの、正直、なにをすれば良いかわからない。
筆者の率直な感想はそうしたものでした……。
ですが、ゆるやかな連帯とも言うべきつながり——それはとても現代的なつながりのカタチですが——そうしたものに可能性は隠されているのではないか。
筆者がそう感じるに至ったエピソードとともに、「現代的「おとなりさん」」というつながりのカタチを考えた記事です。

●「死者のプライバシー

少し毛色の違う記事となったのが「死者のプライバシー」を扱った上記のものです。
もちろん、いままでの「あたりまえ」を崩壊させるという意味では上記の記事で扱った話題と変わりありませんが、ここでご紹介している出来事はあきらかに「悪い方向」へとわれわれの「死」を誘導しています。

●「同性カップルと法の壁

この記事では、同性カップルの婚姻に立ちはだかる壁についてご紹介しました。
こちらは、いわば「もう古いあたりまえ」を扱った記事と言えるでしょう。現代的「困難」にぶつかりつつ、あたらしい価値観を柔軟な姿勢で捉えてゆく両義的な姿勢、それこそがいまは必要なのです。

●「「SNSの終活」という問題

昨今の「終活」にまつわるニュースの中で、特に目立つのが「SNS」関連のものです。
たしかにわれわれの非常にパーソナルな情報がスマホやパソコンといった機械には保存されています。
また、それらの機械がとても身近であるが故にニュースとしてのバリューもあるのでしょう。

ですが、筆者としてはこの問題はまだ静観の余地があると考えています。
というより、喫緊の問題が他にたくさんあると言うべきでしょうか……。

たしかに「SNSの終活」と聞けば、それは「わかりやすく」「現代的」な話題でしょう。しかし、もっと重要なものがその影に隠れてしまっているとすれば、それはあらたな問題——「「SNSの終活」という問題」——を生み出していることになるのではないでしょうか?

後編に続きます。