2018総集編 ⑥現代的問題 – 後編

前編では「「あたりまえ」の崩壊」という見出しから、「死」にまつわる「現代的」な問題を扱った記事をご紹介しました。

後編である今回も同様の趣旨で記事をご紹介するとともに、「現代的」問題が有する困難から、今後のわれわれがいかに柔軟な姿勢で物事に取り組む必要があるかを検討していきます。

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二次被害の危険性

●「「死」をめぐる現場の混乱

超高齢化、孤独死、それらによる多死をむかえた社会。
それ自体が問題なのは言うまでもありませんが、筆者がより危惧しているのは、そうした「死」と直面する現場の混乱です。

上の記事はそうした問題を扱ったものです。
「死」と直面する仕事、それらに従事する方々は常に強い緊張を強いられていることでしょう。
そんな現場がいま、混乱にある。

従事者の方々の精神的ダメージ、それによる仕事のクオリティの低下、そしてそれは「助けられた命」を損なうことにつながりかねません。
もしもそうなれば、そのこと自体がふたたび現場従事者の方々の深い精神的傷となり、負の連鎖となってしまいます。

悲観的な想定ばかり書き連ねてしまうことが辛いですが、そんな負の連鎖はそうした尊い職業のイメージダウンにすらつながってしまうでしょう……。

イメージ。印象。
はっきりとしたカタチの無い「死」の周縁においてそれはたいへん重要な要素です。
「死」と隣り合わせの仕事が緊張感に溢れ厳粛であることは必要不可欠なことです。そしてだからこそ、そうした仕事は憧れられるようなイメージを持たれるべきであり、そうしたイメージを守ることが大人の責務ではないでしょうか。

●「弔いとデザイン

少し角度は違いますが、「弔いとデザイン」と題した上の記事もまたイメージの重要性について述べた記事です。
「死」にまつわるものを忌避することなど、稚拙である。
そんなふうに言い捨ててしまいたい気持ちもありますが、社会はそうした考えとも向き合う必要があります。

「「死」にまつわるものを忌避する」
こうした行為は、いわば想像力に欠けたものです。印象を言語化できておらず、ゆえに生理的反応のみが前景化しているのでしょう。
そうしたひとびとに言葉での説得はたいへん難しい。なぜなら、相手が自身の想いを言語化できていないのだから。

「「死」をめぐる現場の混乱」にも関係することですが、だからこそ印象は重要です。
それも第一印象は特に——。

まだ印象を持たないあたらしい世代に向け、「死」に対する間違った印象を与えないための準備。
それは、これまでの「あたりまえ」が崩壊しつつある現代において、もっとも重要かつ効果的な社会的「終活」と言えるでしょう。