墓石の行方

「終活マガジン」において「超高齢化社会」という言葉を何度述べたかわかりません。
現在の社会の仕組みからして、それは解決できる問題ではなく、受け入れていかなければならない状況です。

とはいえ、「超高齢化社会」が招く問題は波及し続けています。

今回は、「墓石の行方」についての記事です。

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墓石はどこへ?

昨年、「終の住処」という記事を掲載いたしました。
いま「サービス付き高齢者向け住宅」が抱えている問題に関する記事です。

「終活」とは終わりに向けての活動を意味しますが、活動拠点と言える「居場所」の問題がそこにはありました。

さて、無事に「終わり」を迎え、たとえば墓に入ったとしても、その墓石もまた「デラシネ」となってしまうのが現代です。

もちろん、古くからそのような状況はあったのでしょう。
しかし「超高齢化社会」はそれに拍車をかけます。
「墓じまい」や「改葬」——都市部の納骨堂への移動——がその大きな要因です。

「不要」となってしまった「墓石」の数は増加の一途を辿ります。

死後の引っ越し

死後もなお引っ越しがあるというのはなんとなく落ち着きません。
できればそうしたくないのはやまやまでしょうが、いつも「生者」の問題のほうが逼迫しているものです。

大抵の場合、不要になった墓石は寺や石材業者が預かります。あるいは産業廃棄物として粉砕処理されます。
ですが、それも追いつかなくなった現代、墓石の不法投棄などの問題が後を絶ちません。

引っ越しに例えれば「空き家」とはいえ、墓であったものですから「生者」にとっては扱いが難しい。

そうした状況を知り、山林を切り開き「墓石の墓」ともいえる場所を設けている寺院が広島にあります。

約10万の墓石

広島県福山市にある不動院では、途方に暮れた「墓石」の墓があります。

「超高齢化社会」は地方と都市部に人口の格差を作り、昨今、比喩ではない「空き家」の数は1000万戸に近づいており、今後10数年でさらに倍増するとも言われています。
高齢となり、体力の低下と子供への配慮から都市部へ移住する。その際に「墓」も引っ越す。

当然のこととして起きている現状の波がいま、「墓石の墓」となり山林は切り開かれているのです。

ちゃんと「墓石の墓」があるのだから問題ではないのではないか?

そう考えることもできるかもしれません。

考古学的資料としての墓

しかし、いま文字のある考古資料として墓石は注目されています。

「終活マガジン」では、幾度となく先人たちの「死」との向き合い方から「終活」のためのヒントや警句を得てきました。
それは「墓」であることが多く、そしてそこにずっと「在った」からこそ知り得たことなのです。

「墓」が引っ越しを強いられる現代、「生者」が逼迫している時代、われわれには「とおい未来」の子孫を考える余裕はないのかもしれません……。