歩みを止めぬために – ③

いつもと少し趣向を変えたエッセイ記事の第3回。

以前、「告別式」に関する記事を掲載しました。

告別式のはじまり

そこで「告別式」を結果的に生み出したのは、ルソーの『社会契約論』を翻訳したことで知られる中江兆民だったと述べました。
遺言において、兆民は自身の死生観から葬儀を拒んだのです。

ですが、遺されたひとびとはそれでは納得いきませんでした。

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生者の納得の儀式

前回の記事において、「死」にまつわる儀式の多くは、遺されたものの歩みを停めないための知恵なのではないか。そう記しました。

死者である中江兆民が葬儀は不要だと言ったにも関わらず、そのことがあらたな儀式「告別式」を生み出しました。
もちろん、それを生み出したのは遺された生者たちです。 

彼らが兆民の死に「納得」するためには、やはりその時「何か」が必要だったのです。

別れを告げるということ

本エッセイ記事の第1回で筆者の飼い猫が昨年末に亡くなったことを述べました。

SNSが普及しているいま、幸いにもそれらを使い多くの友人知人に気にかけてもらい、同時に飼い猫の死去を伝えることができました。

昨年末、「訃報のあり方」という記事において、「終活年賀状」、ひいては訃報のあり方について考えましたが、現段階では、筆者は(あくまでもペットのそれですが)SNSを有効利用できたように感じています。

そして、そのこともまた「歩みを止めない」ための行為のひとつだったように思えます。

「死」の悲しみに暮れたり想いをいつまでも巡らせたりする前に、社会的存在である我々には、遺されたものとして「死」を伝える責務が残されます。
同時に、訃報を知らされた人たちに生じた想いを受け止めもしなければならない。
それはすでに、「死」の悲しみに閉じこもらないための仕組みを持っています。

中江兆民は思想家でもありました。
「死」に対する確固たる考えも持っていたようです。
「葬儀はいらない」
それは、当時の(著名人における)荘厳な葬儀に対する批判だったとも言われますが、そのことを遺された彼の友人知人たちは理解したうえで、やはり「何か」——「告別式」——が必要だったのです。

終活の時節におけるSNSのあり方

さて、「SNS」について上で少し触れました。

「終活マガジン」では過去に「「SNSの終活」という問題」という記事を掲載しています。

昨今、「SNSの終活」という言葉はよく見聞きします。
端的に言えば、利用するもののいなくなった「SNS」をどうするべきなのか、あるいはそのためにしておくべきこととはなにか、ということです。

ですが、現在、筆者は「SNSの終活」よりも、「終活の時節におけるSNSのあり方」のほうが遥かに重要だと考えています。

次回はそのことから述べていきたいと思います。

>>「歩みを止めぬために – ④