歩みを止めぬために – ④

いつもと少し趣向を変えたエッセイ記事の第4回。最終回です。

いま、筆者は「終活の時節におけるSNSのあり方」がたいへん重要だと考えています。
それはなぜか?

まず、ニューヨーク大学とプリンストン大学の研究によって、年配のほうがフェイクニュースを拡散しやすいという分析がなされていることからお話しします。

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認知能力の低下

上記の研究は、簡単な統計結果から成り立っており、またその分析結果を裏付ける強い根拠は見つかっていません。
つまり、この研究と分析の結果自体ずいぶんと曖昧な情報なのですが、それでも、なんとなく実際にそうなのだろう、と思ってしまうのは身につまされる部分が無きにしも非ずだからでしょう。

というのも、体力の低下に伴い情報処理や認知能力は低下します。それに反比例し増加する昨今の情報の流入量に対応できるとは到底思えません。
「振り込め詐欺」に顕著ですが、あれだけ警鐘を鳴らしながらも、やはり被害は続くのです。

ですが、だからといって「SNS」はやらない、と決めてしまうのも消極的です。

昨年掲載した記事「遺影が気になるひと」。
ここで90歳のインスタグラマー西本喜美子さんをご紹介しました。

体力の低下から移動も億劫となり、そのわりに時間がある高齢者にとって、「SNS」は自身を見つめ世界に関心を示すことで社会と繋がるための優れたツールになりえます。

だからこそ「終活の時節におけるSNSのあり方」を真剣に考えることは重要だと筆者は考えています。

わからなかったり、不安であれば、若い人に意見を請う。それもまた世代間のコミュニケーションとなります。

祈りのためのアプリ

最近、ローマ教皇は「Click to Pray」というアプリを発表しました。
スマートフォンを通じてカトリック教会のお祈りができるのだそうです。

教皇自身はあまり機械が得意でないと述べていますが、ツイッターやインスタグラムのアカウントも持っているようです。

ここで意地悪な見解を示しますが、「終活サイト」では口にするのも飽きてきた「超高齢化社会」。
体力的にあまり外出しない高齢の方が、人口の多くを閉める時代。
サービス業も宗教も、家にいるひとびとをターゲットにしなければならない時代なのでしょう。

機械が得意でないと述べている高齢の教皇が率先してSNSやスマートフォンのアプリを喧伝することには違和というよりも、なんらかの背景を感じてしまいます……。

歩みを止めぬために

それでもやはり、われわれは世界に参加し、「死」の伝わり方や「想い」の伝え方を日々更新していかなければなりません。
「SNS」はツールです。「SNS」を通じて、われわれが経済や宗教を盛り上げるためのツールにされてはつまらない。
ツールは使ってこそのものです。

無理をせず、着実に自分の速度で。
そうすることで、われわれは歩みを止めぬことが可能なはず。

「終活」とはまるで「死」への歩みのように勘違いされることもありますが、あくまでも「生」の歩みなのだと考え、足元をすくわれないように努めたいものです。