深沢七郎という死生観 – 前編

一昨年、「残酷さがもたらす静謐 – 『楢山節考』」という記事を掲載しました。
深沢七郎によって1957年に書かれた『楢山節考』をご紹介した記事です。

『楢山節考』は二度にわたり映画化されている短編小説で、「楢山まいり」という「姥捨」を扱った作品です。

d989938f86ce3af463185a5285e76cda_s

それからしばらく経ち、「終活マガジン」において「終末期医療」や「安楽死」の問題は繰り返し取り扱うものとなりました。
端的に、非常に現代的な話題だからです。

いま、あらためて深沢七郎の持つ「死生観」について考えてみたいと思います。

極楽まくらおとし図

実は10年ほど前までは、深沢七郎の書籍は手に入りにくかったのです。
新刊で買えたものはおそらく二冊だけで、それが前述の『楢山節考』(新潮文庫)と、『言わなければよかったのに日記』(中公文庫)というものでした。

ところがここ十年、多くの過去作品が復刊されました。

深沢の作品には「死」の匂いのあるものが多いのですが、あまり陰惨ではなく、どこか達観を感じさせるカラッとした感触、諦念、そうしたものを生み出す死生観にあらためて時代が注目した結果なのではないでしょうか。

見出しにある『極楽まくらおとし図』は、深沢の晩年の作品タイトルです。これは新刊では購入できないと思いますが、古本を探せばすぐに見つかるかと思います。
筆者は先日、偶然立ち入った古本屋でこれを見つけ購入し初めて読みました。

短い作品で扱うのは「まくらおとし」という奇習。おそらく深沢の創作なのでしょうが、『楢山節考』同様に、どこか現実を切り取り描いたのではないかと感じさせる深沢の淡々とした語り口が特徴的です。
その「まくらおとし」。いわば、希望者の近しいものが、直接手をかける「安楽死」を意味します。
他殺ではないか、と思われるような行為ですが、現代において世界的に議論される「積極的安楽死」に近いものだと捉えられます。
ゆえに、それはわれわれの倫理観に揺さぶりをかけますが、さきほど述べたように深沢の語り口は淡々としていて、それが良いとか悪いということというより、ただそういうことがあった、という受け取り方を筆者はしてしまいました。

深沢の文章

繰り返し、深沢の語り口が淡々としたものだと述べていますが、具体的には次のようなことです。

ふつう、文章というのは連続して同じ語尾になることを避けます。これは技術的な、いわば格好の問題であり、意味は変わらずともそれが良いとされています。

「わたしは目覚めた。それから歯を磨いた。着替えると外に出た。暑い日だった」
ではなく、
「わたしは目覚めた。それから歯を磨く。着替えると外に出た。暑い日だ」
というふうに、変化を付けるのが良い。

ところが、深沢の文章は同じ語尾、つまりたとえば「〇〇だった」をなんども繰り返す。
これがなんとも不思議な効果を持っていて、朴訥とした印象の中に、悟りのような気配を感じさせるのです。

そんな独特の語り口で深沢は現代的な倫理観では危うい「死」のカタチを伝えます。善悪を超え、自然の摂理を感じさせるリズムで——。

>>深沢七郎という死生観 – 後編