マンガに見る男女の死生観の異なり – 前編

昨年の暮れに「葬送行進曲」という表題で同名の漫画作品をご紹介しました。

「死」という深淵なテーマを扱う芸術作品は、文学においては小説や戯曲、あるいは映画作品などが中心です。
欧米ではいまもなお豊富な映画作品が芸術的、あるいは哲学的テーマを正面に見据えた作品作りが行われています。

しかし、邦画の衰退、あるいは出版不況の昨今、日本において「死」を正面に見据えた芸術作品はその中心を失いつつあります。

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そうした中で、世界的に見ても突出した発展を続けてきた「マンガ」。
今回、筆者はそこに注目してみました。

手塚治虫

日本において、特に戦後、「マンガ」が独自の、それでいて世界にも通用する発展を遂げたいちばんの功労者は手塚治虫ではないでしょうか。
医学博士でもあった手塚は、大人向けの、生死に深く関わる作品や哲学的なものを多数描いてきました。
『火の鳥』『ブッダ』『ブラック・ジャック』など、代表作とも言えるものの中にも、死生観に正面から向き合った作品は見られます。

また、彼の未完の遺作である『ネオ・ファウスト』。
ご存知ゲーテの『ファウスト』を題材とした、生と死、人間の業をこれ以上ない形で正面に捉えた作品を、手塚は晩年の病床で手がけます。

戦争と漫画

さて、手塚を代表とする世代が戦争を体験していることもこの国の漫画の特徴を形成しているのかもしれません。
戦争で左腕を失った水木しげるは、多くの戦争をテーマとした作品を描いています。

「マンガ」の始祖ともいえる作家たちの作品には、主題をそれと捉えておらずともふと「死」の影が垣間見えることが多く、それは現代まで途切れることなく引き継がれてきた「マンガ」の大きな要素だと言えます。

老境まんが

先日、ちくま文庫から、老いをテーマに編まれた漫画集『老境まんが』が刊行されました。
60年代から90年代にかけての14作品が収録されています。

この作品集を読み筆者が感じたのは、男女の死生観の異なりです。

ところで、漫画家というのは不思議なもので、小説家と異なり、女流作家などという性別を強調した呼び名は使われません。
いまとなっては「女流作家」という呼び名のほうが不自然ですし死語ともいえるものですが、この国の文化の背景から考えれば、それはあってもおかしな呼び名ではありませんでした。

また、少女マンガ雑誌に男性の漫画家が描く、少年マンガ雑誌に女性の漫画家が描く、ということも珍しくなく、雑誌こそ性別で区切られているものの、男女の価値観は多く交換されてきた文化でもあります。

ゆえに、前述の『老境まんが』においても男女どちらの作家の作品も収録されており、そこに見られる死生観の異なりが筆者の興味をひきました。

次回は、そのことから述べていきたいと思います。

>>後編に続く