壁となる死刑制度 – 前編

「終活マガジン」ではこれまで、「積極的/消極的」安楽死についていくつか記事を掲載してきました。

たとえばこちら。
「積極的」安楽死の問題

「消極的」安楽死——日本における「尊厳死」——に関しては、「終末期医療」の問題と絡まることからいくつかの記事で取り上げていますが、「積極的」安楽死について取り上げたものは上記のものだけです。

この記事を制作するに至った理由は、2017年11月、オーストラリアのビクトリア州において「積極的」安楽死を合法化する法案が可決されたとの報道があったからでした。

さて、あらためてこのことを取り上げたのは、「死刑制度」と「安楽死」を考える倫理観、死生観には共通点が多くあるのではないかという推測からです。

今月、日本の死刑制度が壁となり、自衛隊とオーストラリア軍の防衛協力の締結が停滞しているとの報道があったことをご存知でしょうか。

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締結交渉の壁に

報道の詳細は次のようなことです。

日本とオーストラリアが締結しようとしている協定は「訪問部隊地位協定」と呼ばれるもので、これにより出入国の手続きが簡略化され、オーストラリア軍の軍用車両や戦闘機を用いた訓練が自衛隊の演習場で行えるようになります。
日本がこうした協定を結ぶのは初めてのこととなりますが、その壁となっているのが死刑制度。
死刑制度を廃止しているオーストラリアの軍関係者が日本国内で罪を犯した場合、死刑に処される可能性があるということが、締結交渉を停滞させているのです。

死刑制度

さて、「死刑制度」は非常に難しい問題です。
筆者の感覚では、「死刑制度」を廃止している国は「安楽死」に関する議論も盛んで、拙い言い方ですが「先進的」かつ「世界基準」に則っているように思えます。

日本は、そのどちらにおいても後進国である。
実は、「安楽死」——日本においては特に「尊厳死」——に関する議論が活発に進まない背景に、廃止されない「死刑制度」が壁となっているのではないか。

自衛隊とオーストラリア軍との間に立ちはだかる壁から、筆者はまた別の壁を感じたのでした。

とはいえ、これはあくまでも個人的な感覚での物言いであり、あまりそうした感覚のみで取り扱うべきテーマでもないとは思います。ただ、最終的にはどちらにしろ個人的感覚や死生観、倫理観でもってのみしか太刀打ちできない議題であることも承知しています。

ゆえに、このタイミングでこの問題感覚をみなさんと共有したいという想いが筆者にはありました。

>>壁となる死刑制度 – 後編