ロール・プレイング – 生前葬について

間も無く年度も変わり、新たな元号も発表されます。
時代の変わり目とあってか著名な方々の訃報が相次いでいるように感じますが、実際、そうした節目は人の無意識になにか働きかけているのかもしれません。

ところで、年度の変わり目はNHKの連続テレビ小説の変わり目でもあります。
最終回を目前に、現在放映されている『まんぷく』では、まるまる主人公の母の生前葬という、変わった回が放送されました。

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生前葬

ほとんどの方は参列されたことがないだろうに、意外と知名度のある「生前葬」。
文字通り、まだ亡くなっていない本人が執り行う葬儀を指します。

なぜ知名度があるのか。
それはおそらく、往年のテレビのバラエティ番組などでコミカルな演出が期待できることから幾度か悪ふざけとして利用されたことが大きいのではないでしょうか。

『まんぷく』においても、コミカルな雰囲気でそれは始まります。

「亡くなってもいないのに……」

亡くなっていないひとに亡くなった体で言葉をかけるのは、いわば演技です。
ある意味、大真面目なお芝居に興じる気概がなければなかなか参加の難しい儀式でしょう。

嘘として

たしかに「生前」でなければできないことはたくさんあります。
主人公の母の想いは「生きている間にみんなに感謝を伝えたい」。

とはいえ、ほとんどの方はそうした想いは持ちつつも、生前葬に多くの人を巻き込めるほど無神経でもない……。

そこでふと思い当たったのは、先日掲載した記事「カウボーイと色即是空」にてご紹介した映画『ラッキー』。

あの映画は、言い換えれば名優ハリー・ディーン・スタントンの「生前葬」だったのかもしれません。
91歳で亡くなったハリー・ディーン・スタントンが90歳の時、90歳の主人公「ラッキー」として主演をつとめた映画。そこには実際の友人である映画監督デヴィッド・リンチが友人役として出演し、ラッキーはハリー・ディーン・スタントンとしての死生観をセリフとして口にします

間違いなく「実際にやってみなければわからないこと」はあります。
とはいえ、「生前葬」はちょっと……。

だったら、「嘘」が「本当」となってしまうような演技のカタチ、方法を模索するのもいまの時代には良いのかもしれないと筆者は思いました。

ロール・プレイング

役割演技とも呼ばれる「ロール・プレイング」は古くからある心理療法です。
昨今でも、わざわざその言葉でとらえずとも、幅広い分野の訓練、教育で実施されています。

こうしたものを「生前葬」の代替として、もっと気軽なカタチで利用できないか。
そしてそれを通して自身の、あるいは他者の「死」を考えることは、かなり実りのある「終活」となるのではないか。

広く認知されているNHKの連続テレビ小説にて「生前葬」がまるまる一回の放送となる時代。
さほど頓狂な思いつきではないのではないでしょうか。

「終活マガジン」では今後、こうした「生前葬」にかわる「何か」。
そうしたものが現在あるのか、あるいは、あるとすればどのように発展を遂げるのか。
それに注目し、お伝えしていきたいと思います。