「コミュニティナース」から考える終活 – ①

本稿より6回にわたり「「コミュニティナース」から考える終活」と題した記事を掲載いたします。

その契機となったのは矢田明子さんの著書『コミュニティナース ―まちを元気にする“おせっかい”焼きの看護師』。

community-nurse

近い未来に「終活」とその周辺が直面するであろう問題について考えていた時、ふと目にとまったその本は、思いがけず昨今の、そして今後の「終活」を考えるうえで重要な要素が詰まった良書でした。

話題が様々な視点のものへと移ろいつつ進行する記事となる予定ですが、その理由については追い追いお話します。
どうぞ最後までお付き合いください。

コミュニティナースとは?

まず、お話ししなけばならないのは「コミュニティナース」という言葉についてでしょう。

https://community-nurse.jp/」にて、その内容は次のように説明されています。

いつも地域の中にいて〝健康的なまちづくり〟をする医療人材

どことなく抽象的に感じられる説明ではないでしょうか。
ですが、そのことは「コミュニティナース」の欠点でありつつも利点であり、また、「コミュニティナース」という存在を言い表すのに(いまのところ)もっとも適したものなのです。

では、その理由をご説明しつつ、『コミュニティナース ―まちを元気にする“おせっかい”焼きの看護師』という本の内容をご紹介していきましょう。

コミュニティナースという概念

「コミュニティナース」という言葉、ひいてはその概念については、著者であり「コミュニティナース」の始祖である矢田さんが考えた言葉のようです。
ですが、その背景には「コミュニティナーシング」という言葉があったとのこと。
「地域看護」とも訳されるこの言葉とそのあり方は、海外では比較的一般的であり、医療が暮らしの中に溶け込む状態はさほど珍しいものではないようです。

ですが、我々の生活を考えたとき、医療は暮らしの——つまり日常の——導線に置かれているものとは言えないでしょう。
都市部においてはその内容で細分化され、それぞれに特化した病院やクリニックが多く見られますが、そのどれもが、大抵は予約を取り出向く場所であり、日常の導線からははずれています。
そうした状況を鑑みて、日中ではなく深夜に患者を受け入れる医療機関が多いのもまた都市部の特徴ですが、繰り返しているとおり、それは「都市部」においてのみの話です。

矢田さんの考える「コミュニティナース」は、他の地域に比べ特別高齢化が進んだ土地から始まりました。
その理由は、そこに都市部のような医療機関の充実がなかったからかもしれません。
ですが、そうした地域だからこそ「コミュニティナース」はその概念を拡張することに成功し、そしてそれは地域医療の先進的なモデルとなり得たのです。

次の記事では、そのことについてのお話から始めます。

>>「コミュニティナース」から考える終活 – ②