「コミュニティナース」から考える終活 – ②

「「コミュニティナース」から考える終活」と題した連作記事、その第2回です。

前回、

矢田さんの考える「コミュニティナース」は、他の地域に比べ特別高齢化が進んだ土地から始まりました。
その理由は、そこに都市部のような医療機関の充実がなかったからかもしれません。
ですが、そうした地域だからこそ「コミュニティナース」はその概念を拡張することに成功し、そしてそれは地域医療の先進的なモデルとなり得たのです。

と述べました。

今回は、このことをご説明するため、「コミュニティナース」の成り立ちを簡単にご紹介します。

666a893f779585e2a133ee5d68add075_s

全国平均の25年先をいく高齢化率

島根県雲南市。2015年の国勢調査では、高齢化率が36.5%だったという町です。

3人に1人以上が65歳以上のこの町は、少子化や若い世代の都市部への移住によって生まれたといえますが、どのみちこの国は、近い未来に3人に1人以上が高齢化の「国」となります。
そういった意味では、一歩先をゆく町なのです。

多くの地域で「このままでは近い将来、困ったことになるぞ」といった確かな不安が、しかし日常に追われることでうやむやとなっている現在、うやむやにはできない問題として——いま現在、ここで起きていることとして——一足先に超高齢化社会に直面した町が雲南市でした。

もちろん、こうした町は雲南市に限りません。
ですが、「コミュニティナース」はこの地域から始まります。
それは、そこが矢田さんの地元だったからです。

既存の医療環境への疑問

コミュニティナース ―まちを元気にする“おせっかい”焼きの看護師』では、何人かの「コミュニティナース」が紹介されています。
当然ですが、そのどなたもが看護師。
しかし、同時にどなたもが既存の医療環境への疑問を抱えていたようです。

いつも地域の中にいて〝健康的なまちづくり〟をする医療人材

これは、前回にもご紹介した「コミュニティナース」を説明する言葉です。

医療はいま、われわれにとって日常の導線にはありません。なにか異常を感じ、非日常のこととして医療機関を訪れます。
筆者はそのことを当然のこととして捉えていましたが、「コミュニティナース」となった看護師たちはそうではありませんでした。

端的に言えば、
「病院に来た時の患者は本来の姿ではない」
そのことから病院勤務によって施せる医療に限界を感じていたのが彼らでした。

ただでさえ過酷な労働環境の中で忙殺されながらも、その違和を誤魔化さない強い意志をもった看護師たちは、鋭いアンテナから矢田さんと出会います。

こうしたことが発端となり、矢田さん個人の活動から大きく飛躍してゆく「コミュニティナース」。
だからこその大きな特徴を次回ご紹介します。

>>「コミュニティナース」から考える終活 – ③