在宅死について – ①

今回より全四回にかけて「在宅死」の現在について考えていきたいと思います。

初回の今回はまず、「在宅死」がどのようなものか、また、その歴史などについて学んでいきましょう。

8b1375b807d3933ab10b689afe3cc67d_s

在宅医療とは

「在宅死」とは言わずもがな、家で死の時を迎えることを意味します。

1951年、家で亡くなる方は9割にも及びました。
つまり、現在後期高齢者である方が幼少の頃は、たいていの方は家で死を迎えており、祖父母が家で亡くなる姿を見ることは珍しくなかったということでしょう。

現在、在宅死は約1割。
「死の場所」はこの70年ほどで逆転したことになりますが、その割合の大小が逆転したのは1975年頃とのこと。

つまり、現在40歳より若いひとびとは、他者の死の多くを病院で見ていることになります。
同時に在宅で医療を受けることが特別なこととなり、「在宅医療」という言葉が生まれます。

当然ですが、そのほとんどが「在宅医療」であった時期に「在宅医療」という呼び名と概念は存在しなかったのです。

病院での死の増加

20世紀後半、病院での死が増加した理由には大きくふたつの事柄が挙げられます。
まず、交通網の発達。近親者が見舞いや世話にいけないほど病院が遠い、ということがなくなった。

次に家と病院との医療の質に大きな差が生じ始めたということ。
これは、つまり医療の発達を意味しますが、入院していれば治療ができる、という選択肢を我々は当然のことないがしろにはできなかったのです。

以上の理由から現状、9割に昇る病院での死。

この「死の場所」の逆転現象は、この国における「死生観」に大きな影響を与えました。

死が非日常となる

健康なものにとっての非日常空間である「病院」。
他者の死のほとんどがそこで起こる以上、「死」は非日常化しました。

家、生活圏、学校や会社、お店など。それらの場所で「死」はあまり起こらず、それが起こるほとんどは「病院」。

このことは、「死」のイメージを医療や病気と直結することに繋がるでしょう。
そして、医療や病気と無縁であれば「死」はとおくのこととなり、「病院」に入れば「死」にばかりとらわれてしまう。
こうした極端が死生観を育むことを拒んだのかもしれません。

そんな中、いま在宅医療が推進され始めています。
なぜでしょうか?

>> 在宅死について – ②