『リチャード三世』と死生観 

〜殺しの代償は不眠症⑤

王妃アンはあっけなく亡くなり、その死はリチャード三世の口から観客に伝えられます。そしてまさにこのタイミングから、坂から転がり落ちるようにリチャードが転落していき、ランカスター家が息を吹き返します。
ランカスター家の一派は、薔薇戦争初期にヘンリー六世と世継ぎのエドワードが死んだことですでに虫の息と言った状態でしたが、ヘンリー六世の甥に当たるヘンリー・リッチモンドがフランスに亡命していたことで形勢が大きく変わっていきます。王妃アンの死後、自分の王位を確固たるものにするためにリチャード三世はエドワード四世の息女エリザベスを王妃にしようと画策(つまり叔父姪婚)しますが、ヨーク家を味方に率いるためにリッチモンドが先手をうってエリザベスとの結婚を取り付けます。これにより王位を正統に主張する後ろ盾を得たリッチモンドはイングランドへ上陸し、1485年、多くのイングランド軍の味方を得てリチャード三世との一騎打ちが繰り広げられます。これが有名なボズワースの戦いです。この戦でリチャード三世側が破れたことにより薔薇戦争がついに集結、ヘンリー・リッチモンドがヘンリー七世として即位し、118年続くテューダー王朝が始まりました。ヘンリー七世は世襲制により息子ヘンリー八世に順当に王位を繋ぎますが、ヘンリー八世は男児に恵まれず大いに苦しみ、挙句息子を産めなかった王妃を斬首するという前代未聞な事態に至ります。不思議なことに、この不幸な王妃の名前もやはりアン。アンは結局娘しか残せず、しかし王に逆らうことなく首を落とされますが、この娘こそ、イングランドの国力を大幅に押し上げ、当時絶対的支配者だったスペイン王をも翻弄し続け、シェイクスピアを大いにバックアップすることになるエリザベス一世となり、ここでようやく戯曲と史実が交差するのです。
前後しましたが、戯曲のクライマックスを見ていきましょう。
ヘンリー・リッチモンドがイングランドに上陸したという報告を受け、再び王位に自信がなくなってきたリチャード三世は、腹心の部下の言葉に気もそぞろになっていき、間違った情報を口走ることが増えていきます。「弁舌にしか自信がない」と自負していた強気な姿勢はどんどんなくなっていき、味方の誰一人として信用できなくなりながら、ボズワースの戦いに向けて戦地で眠りにつく、その場面ーー。

〔王子の〕亡霊
(リチャード王に)明日はお前の魂に重くのしかかってやる!
若さの真っ只中にいた私をテュークスベリーで刺し殺したことを思え。
絶望して死ね!
(リッチモンドに)勇気を持て、リッチモンド、なぶり殺しにされた王子たちの魂が、
おまえの味方となって戦うぞ。
ヘンリー王の子が、リッチモンド、おまえを励ますのだ。

〔ヘンリー六世の〕亡霊
(リチャード王に)生前、わが聖なる肉体は
おまえによって恐ろしい穴を無数にあけられた。
ロンドン塔にいた私を思え。絶望して死ね!
ヘンリー六世がおまえに命じる。絶望して死ね!
(リッチモンドに)徳高く聖なる者よ、征服者となれ。
おまえは王になると予言したヘンリーが、
おまえを眠りの中で励ますのだ。生きて栄えよ!

〔クラレンスの〕亡霊
(リチャード王に)明日はおまえの魂に重くのしかかってやる!
ムカつくワインに漬けられて殺され
おまえの策略で死に追いやられた哀れなクラレンスだ。
明日は戦場で私を思い、
なまくら刀を取り落とせ。絶望して死ね!
(リッチモンドに)ランカスター家の末裔よ、
不当に葬られたヨーク家の子孫は、おまえのために祈っている。
良き天使たちが、戦うおまえをお守りくださる。生きて栄えよ!

さらに、エドワード四世妃の親類一派3人、ロンドン塔で殺した二人の王子、王妃アン、短慮に任せて処刑した腹心の部下たちの亡霊が続々と夢枕に立ち、「絶望して死ね!」と合唱し、敵方リッチモンドへは予祝さながらに前途を祈る言葉を捧げます。筆者は多数のカンパニーの『リチャード三世』を観劇しましたが、この亡霊たちの大合唱の迫力はどの舞台も凄まじいものがあり、観ているこちらが呪われそうな恐怖に鳥肌が立ったのを覚えています。
悪夢にうなされて飛び起きたリチャード三世とは対照的に、リッチモンドの顔は晴れやかです。朝の挨拶を交わす貴族にこんなことを言っています。

初めてだよ、こんなに甘い眠りは。それに、
最高に良い夢を見た。いまだかつてない吉兆の夢だ。

「黄金の眠り」を味わうと、その心地はまさに甘いものを食べた時と同じような至福の時を得られるーー。眠ることを許されないリチャード三世となんと対照的なことでしょうか。
戦の最後にリチャードが口走る言葉は、「馬だ! 馬だ! 王国をくれてやるから馬をよこせ!」冒頭の凛々しく格調高い言葉からは想像もつかない、哀れな台詞です。

※ここで言う「王子」は、ヘンリー六世の王子を指す。すなわち皇太子エドワード。

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