『マクベス』と死生観 

〜神の祝福を殺した男①

ヘンリー・リッチモンドが王位を継承してヘンリー七世となった時、イングランドの歴史は国際的な意味で大きく動き出します。テューダー朝が誕生したのと同時に、スコットランドとの因縁めいたつながりが生まれたからです。
王冠が孫のエリザベス一世に巡り巡ってくるまで、イングランドはまだまだ小国として侮られていました。自国の国際的地位を引き上げるため、ヘンリー七世は娘をスコットランド王の元に嫁がせ和平を実現させます。この夫婦にとっての曽孫ジェームズ一世は、のちにエリザベス一世が世継ぎなくこの世を去る際にイングランド国王を継ぐよう指名されていたため、1603年に即位しスチュアート朝を興します。イングランド国王は元々アイルランド国王も兼ねていたため、ジェームズ一世の即位によりイングランド・スコットランド・アイルランドの三国連合体制がとられるようになりました。
ジェームズ一世もエリザベスに負けず劣らず芝居好きだったようで、シェイクスピアが所属していた宮内大臣一座の呼称を「国王一座」に改め、パトロンとして支援していきます。シェイクスピアのキャリアの絶頂期とも言うべきこのタイミングで、スコットランドを舞台とした四大悲劇のひとつ『マクベス』が執筆されました。
『マクベス』といえば「きれいは汚い、汚いはきれい」の禅問答のような台詞で有名な三人の魔女が重要な役割を負って度々登場します。これは、ジェームズ一世が魔女に対して異常なほどの関心を寄せていたため、その嗜好を汲んで描かれたためです(王の魔女好きは有名で、『悪魔学』という本を自分で執筆して悦に入っていたとか…)。
また、シェイクスピアの作品のほとんどは、種本(たねほん)と言う下敷きにした原作が用いられています。『マクベス』の種本は、作家ホリンシェッドが書いた『年代記』が使われました。比較をすると『年代記』の記述内容に大いに依っているようですが、肝心の「不眠症」に関する件はシェイクスピアのオリジナルで、この描写があるが故に『マクベス』がとても魅力ある作品となっています。

◇原文は河合祥一郎訳『新訳 マクベス』(角川文庫、H21.1)より引用。

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