『マクベス』と死生観 

〜神の祝福を殺した男⑦

Play.10-min

佐々木蔵之介
観劇予報・旧サイト(舞台系情報サイト)より
月別画像も同上

筆者が観劇してきた『マクベス』の舞台のうち出色だった1本、そして、この作品にまつわるあるジンクスをご紹介して、このシリーズを終えたいと思います。
2015年に上演された佐々木蔵之介(敬称略)主演・PARCOプロデュースの『マクベス』(渋谷・PARCO劇場)は、精神病の閉鎖病棟に隔離入院している精神病患者=主人公が『マクベス』に登場するほぼ全ての登場人物を演じるという革新的なアプローチの舞台です。もともとスコットランド・ナショナル・シアター(NTS)でアラン・カミングを主演に上演され大成功を納め、本拠地スコットランドだけでなくNYやブロードウェイで120回以上も上演されているという珠玉の作品です。
舞台は精神病棟から一切場面転換がありません。画像にある通り、病室に据えられた角度の異なる3台のモニターが患者を常に映し出し、彼を監視し続けます。患者以外の登場人物はふたり、医師と看護婦です。彼らは原作中マクベス夫人の夢遊病の場面でのみ登場する端役中の端役だったのが、この作品では我々観客の代弁者として、通奏低音のように重要な存在として常に舞台に立ち続けます。
この設定は演出アンドリュー・ゴールドバーグによるオリジナルのものです。劇中「白痴が喋る物語」という台詞からアイデアを得て、アラン・カミングや共同演出のジョン・ティファニーとともに練り上げたものです。
実に20以上の登場人物を途切れることなく演じ続ける精神病患者。当然3人の魔女もひとりで演じ分けるのですが、ここで舞台装置が生きてきます。つまり、3台の監視モニター=3人の魔女という表出方法が可能となり、魔女のそもそもの存在感がさらに危うくなるのです(実はひとりしかいなかった魔女が、見る側の人間が精神的に不安定になっているので3人に見えているのではないか、実はマクベスやバンクォーの気のせいなだけであって、魔女は存在しないのではないかという解釈を裏付ける効果があります)
精神病院は近代社会が生み出した非常に新しい施設で、ほんのひと昔前までは(もしかすると現在も)社会の闇の部分を担うものとして存在し続けてきました。古代的価値観から離れられない人間を異常者と定義し、理性的な人間にするために精神を強制するこの施設を舞台にしたからこそ、魔女という原始的かつ極めてファンタスム(fantasyの語源、亡霊の意)な存在を否定する演出になっているように感じられます。
さて、そんな『マクベス』にまつわる有名なジンクスとは。
実はこの戯曲、今も昔も縁起の悪い舞台というありがたくない肩書きを冠しています。『マクベス』上演に関わった人々が、呪いにかかって悲惨な目に合うという事態が多発しているのです。曰く、俳優が高熱を出して亡くなった。曰く、俳優やスタッフが複数人上演中に立て続けに亡くなった。曰く、城が燃える場面で本当に火事が起こってしまった…。
劇を通して魔女が出てくるというだけで縁起が悪そうなのに、本当にこれだけの事故(事件?)が続けば、誰もが敬遠してしまうというもの。演劇界では現在までマクベスの呪いと囁かれている有名なジンクスです。
さてこの呪い、解く方法が一つだけあります。それは、この戯曲の上演中、劇中以外の場で『マクベス』と言わず『The Scottish Play(スコットランドのお芝居)』と言うこと。もし誤って『マクベス』と口にしてしまった場合は、劇場の外に出て、時計回りに3回まわりながら考えられうる限りの悪態をつき、劇場内にいる人に「お入りなさい」と声を掛けてもらってから中に戻る、というものだとか…(実際のところどうなんでしょう?)
そう考えると、NTS版『マクベス』の主人公の設定も、原典にのっとった意外と忠実なものなのかもしれません。こんな前日譚が思い浮かびます。彼はもともとは役者として活躍していて、名優の名を欲しいままにしていた。人気絶頂期のある日、「マクベスを演じてみないか」と声をかけられ、二つ返事で引き受けた彼は順調にタイトルロールを演じていたものの、何かの拍子で「マクベス」と口走ってしまった。しかし侮ったのか忙しさにかまけていたのかそもそもオカルトを信じていなかったのか、呪いを解くのを忘れてしまった。そのために精神を病み、精神病棟に押し込められ、自分が演じてきたマクベスをひたすら一人で演じ続けることになった。眠ることなく…。
みなさま、夢遊病にはくれぐれもご用心を!

Play.9-min

佐々木蔵之介
同上サイトより