ドラマ「チョコレートの箱」と死生観 

〜甘いものには毒がある?④

※このシリーズは物語の核心部分に触れていることがあります。作品を未読・未見の方はご注意ください。

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マダム・デルラール(演:ロザリー・クラッチリー)

翌日、ポワロは当然上司の警視から呼び出されました。ポワロは伯爵の自白を聴いたと主張しますが、警視は伯爵の発言はあの晩の口論がポールの心不全の引き金になったことを言ったに過ぎないと聞く耳を持ちません。結局捜査中止を言い渡され、マダム・デルラールに謝罪をしろと命じられ、重い足を運びます。

ヴィルジニーとともに夫人の元に行くと、意外なことに夫人の口から殺人に関する疑問が呈されます。ポワロは調査の過程を説明し、夫人にサン・タラールが犯人であると断言します。夫人は冷静に聴きながら、調査の端緒となったチョコレートの箱について触れ、ポワロが手にしている色違いの箱を見てこう呟くのです、「緑の蓋をピンクの箱に?」
夫人の目は病のため色を識別できなくなっており(ジャン=ルイが目薬を処方していました)、毒薬の細工を施した際に戻すべき蓋と箱を誤ったのです。目が弱っているのに小さなチョコレートに毒を詰めるというのは一見現実離れしていますが、カトリック教徒らしく十字架や書見台が置かれた極めて宗教的な部屋で、鬼気迫る顔で毒を仕込む夫人の演技(演:ロザリー・クラッチリー)は鳥肌が立つほど恐ろしいものです。神に祈りを捧げるべき神聖な場所で、息子を殺す準備をする母親の心情は、想像を絶するものがあります。薬瓶を伯爵のポケットに入れたのも彼女でしたが、「死刑にする気はないわ、あんな伯爵でもね」と煙に巻いてしまいました。
息子を殺した動機を、彼女は苦しげに吐露します。「国と教会を滅ぼそうとしたからよ!(中略)息子は殺人を、妻を殺しました」
マリアンヌが寝室を飛び出したとき、ポールは彼女を追いかけませんでした。階段を駆け下りようとする妻の足を絨毯に取らせようと、迷いなく手を引いたのです。夫人は殺害の瞬間を見ていましたが、それを口にすることはせず、書斎にふたりの結婚式の写真を飾ることで息子の行いを非難していたのです。
夫人が息子を殺した動機はもうひとつありました。「死ぬ前に決着をつけたかったのです」と彼女は言います。患っていたのは目だけではありませんでした。すでに彼女は半年の余命を医者から宣告されており、事切れる前にどうしてもケリをつけたかったのです。
そしてポワロに託します。自分が死んだら、事実を公表してほしいとーー。
実際のところ、ポワロは約20年という、非常に長い間沈黙を守りました。国のため、教会のために、殺人を犯した近年稀に見る勇気を持った夫人に対してのせめてもの敬意の表し方でした。
ドラマは友人との再開で幕を閉じます。事件解決のきっかけを作ったジャン=ルイと、成人した二人の凛々しい息子、そしてお互いに思いを寄せ合ったかつてのヴィルジニー、マダム・フェロー。彼女は愛する息子のひとりをエルキュールと名付け、深く交わることがなかったけれど美しい絆を紡ぎ続けていたのです。

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