ドラマ「マスグレーヴ家の儀式書」と死生観 

〜眠れぬ夜はご用心⑤

※このシリーズは物語の核心部分に触れていることがあります。作品を未読・未見の方はご注意ください。

マスグレーブ家の儀式書とはどのようなものなのか。文面を一瞥したホームズはワトスンに問いの文を、マスグレーブに応えの文を読み上げさせます。
英語文はドラマの原語のままですが、日本語訳は字幕版より吹替版の方が非常に優れているため、この箇所のみ例外で吹替版を併記引用します。

たがものなりしか
<Whoes was it?>
去りし人のもの
<His who is gone.>
たがものたるべきか
<Who shall have it?>
きたるべき人
<He who will come.>
日輪は何処に?
<Where was the sun?>
*樫の木の上
<Over the oak.>
影は何処に?
<Where was the shadow?>
楡の木の下
<Under the elm.>
如何に歩むや?
<How was it stepped?>
西 八の八倍
<Wset eight by eight,>
南 七の七倍
<South seven by seven,>
西 六の六倍
<West six by six,>
南 五の五倍
<South five by five,>
そして二の二倍 そしてその下に
<and two by two,and so under.>
そがために何を捧ぐや?
<What shall we give for it?>
我らのすべてを
<All that is ours.>
何故に捧ぐや?
<Why should we give for it?>
信義を貫くため
*For the sake of the trust.>

この場面はドラマシリーズ屈指の名場面です。チェンバロの控えめで物憂げなメロディーにのせて、17世紀の格式高い詩文が朗々と詠みあげられます。特にマスグレーブ役のマイケル・カルバーの役作りが見事で、それまでの会話での吃音のような浮ついた喋り方が一変、深く美しく響く発声になるのです。マスグレーブはこの儀式書について「一族の者は成人するとこの儀式を受けるのだ(中略)僕は暗唱できる」と言い、手元を一切見ることなく堂々と諳んじており、凡庸な人間ではあるもののやはり血筋は由緒あるものなのだと視聴者に納得させるに足る演出になっていて唸ります。
儀式書の問答を一通り聞いたワトスンは即座に「宝探しだ」と言いますが、マスグレーブは子供時代に試したが徒労に終わったと即座に否定します。しかしホームズは「この文書をブラントンが見たことがあるか」という点に着目します。マスグレーブは「恐らくは見ていただろう」(事実机の引き出しには鍵がかかっていませんでした)と答え、ホームズはひとつの仮説を立てます。ブラントンは随分前からこの儀式書を盗み見ており、すでに何か手がかりを得ていた。昨晩書斎にいたのは「記憶の確認」(ホームズの言)をするためで、彼はすでにこの儀式書の謎を解いているーー。
ホームズは「儀式書を再検討」すべく行動を開始、文書にある「日輪は何処に? 樫の木の上」の問答に注目し、書斎の窓から1本の古い樫の木(マスグレーブ曰く「敷地内で最古の樫だ」)が見えているのを確認、ふたりを引き連れて雨の中外に飛び出します。巨木を見上げながら熟考しますが、手がかりがこれ以上掴めないことと、マスグレーブの「でも、これは問題の木ではないよ、先祖代々の者がさんざん試したのだ」という言葉に、この樫が問題のそれではないという結論に達し、この日はこれでお開きになります。
さて、皆が寝静まったその日の晩、もうひとつの事件が起こります。目を見開いたまま横になっていたレイチェルが看護婦の目を盗み、小さな袋を手に寝間着姿のまま屋敷を飛び出します。闇夜の中、響き渡るのは不気味な風の音と鳥の声。レイチェルは、まるで見えざる何かから逃げるかのように必死で道を走り続けます。途端に画面から消え、池の表面にはわずかに漣が…。

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左から樫の木を見上げるホームズ、それを見守るワトスンとマスグレーブ

*字幕では「柏の木」となっていますが、ここでは吹替版を優先します。
*前回の記事にあった台詞、マスグレーブがブラントンにぶつけた「これが信頼に対する返礼か?」に呼応しています。