ドラマ「マスグレーヴ家の儀式書」と死生観 

〜眠れぬ夜はご用心⑧

※このシリーズは物語の核心部分に触れていることがあります。作品を未読・未見の方はご注意ください。

箱の中に入っていたのは、「さびて変色した金属と石ころが何個か」だけで、どう見ても宝物の様相を呈してはいません。呆然とするブラントンを見下ろし、レイチェルは箍が外れてしまったようにけたたましく笑い出します。「何が一攫千金よ」と言うレイチェルに、なおも「値打ち物だ」と言い張るブラントンに、レイチェルの表情が瞬く間に変貌します(「気性が激しい」というウェールズ人の気質そのもの)。

お利口ね
高慢というべきかしら
ご主人以上よ
(中略)
ずる賢いわね
夫ですって?
私を利用してーー
あとは逃げる気だったのよ
あの女と2人で

積もり積もった恨みが呪いの言葉になって吐き出される、この場面のレイチェルは鬼のような形相になっていますが、ただ恐ろしいというだけでなく、男に捨てられた女の哀れさも同居しています。女優ジョアンナ・カービーの見事な怪演です。
ブラントンはおざなりに聞き流し、とにもかくにもと「がらくた」を袋に詰めてレイチェルに渡します。しかしここで、つっかえ棒にしていた薪がずれる耳障りな音が。レイチェルに引き上げてくれと頼むブラントンの目の前で、薪が弾かれ、石蓋が無残にも閉じてしまうのです。石蓋の下からは、ブラントンが息も絶え絶えに助けとレイチェルの名前を呼び続けます。地下室はあまりにも狭く、しかも気密性が高まる石蓋で閉じ込めらてしまったからです。ブラントンの直接の死因は「窒息だ」とワトスンが断じていますが(まさに生き埋めです)、あれだけ語学に長け話術に秀でていた男とは思えない命乞いの言葉の数々は流石に哀れでした。
レイチェルはぼんやりとした表情で静かに立ち上がり、石蓋の上を踏み越えて蔵から寝室に戻り、泣きながら床につきましたーー。
「翌朝の彼女の興奮もこれで説明がつく」ホームズは自身の完璧な推論を終え、ひたすら地下室の中を探し回ります。マスグレーブとワトスンは箱の中を調べますが何も出てきません。もう諦めようとしたその時、地下室からにょっきり飛び出るホームズの腕!その手には硬貨が握られていましたが、表面に彫られていたのはなんとチャールズ一世の肖像!
一同は屋敷に戻り、湖から出てきた袋の中身をもう一度検分します。きちんと洗浄すると、中には小さいながらも宝石が紛れ込んでいることがわかります。ホームズはマスグレーブに「サー・ラルフは王党派だったな?」と聞くと、マスグレーブからは「亡命中のチャールズ2世の側近だった」という確固たる言葉が。それを聞いたホームズは「これで全てがつながった」と珍しく興奮を露わにしています。彼の手の中には、磨かれて本来の輝きを取り戻した金のかけらが!
ホームズは恭しく続けます。

王党派が亡命した時の事を
思い出せ
彼らは貴重な物を
隠しておいて
後で取り戻そうとしたのだ
(中略)
ワトソン
君の手にあるのは…
本質的にも歴史的にも
非常に価値の高い遺物なのだ
(中略)
他でもない
これは…
古代の英国王の一部だ

マスグレーブは「あり得ん、奇抜すぎる」と訝しみますが、ホームズはすでに確信しています。そして再び儀式書を検証します。

544540e3fa72f757cac7b40ebd834cd5

左からワトスン、ホームズ、マスグレーブ