ドラマ「マスグレーヴ家の儀式書」と死生観 

〜眠れぬ夜はご用心⑨

※このシリーズは物語の核心部分に触れていることがあります。作品を未読・未見の方はご注意ください。

ホームズは儀式書をワトスンに読み上げさせながら推理を披露します。

たがものなりしか
<Whoes was it?>
去りし人のもの
<His who is gone.>

「去りし人」とは死んだ人のこと、すなわち処刑されたチャールズ一世を指します。続いて、

たがものたるべきか
<Who shall have it?>
きたるべき人
<He who will come.>

「去りし人」の遺志を受けた「きたるべき人」と言う解釈となるので、これは到来を予見されていた息子のチャールズ二世のことです。そう、儀式書が指し示していたのは、まさに王家の頭を飾っていた、スチュアート王家伝来の王冠だったのです。
ホームズはさらに語ります。

1世が処刑された時
王冠は没収され分解されて
1000ギニーで売却された
それ以後の行方は…
不明だ

王家が王冠を取り戻さなかった経緯は不明ですが、王冠は不思議な縁を辿って、王家側近のサー・ラルフ・マスグレーブの手元に渡ります。そしてその在処を示す儀式書を作ったものの、何かの手抜かりで解読の手がかりが伝わりそこなり、この文書だけが子々孫々伝わることになったのだろうと結論づけられました。
この語りの場面で、ドラマ冒頭の場面が再び流れます。馬に乗っていたのは処刑される前のチャールズ一世で、手にしていた袋の中身はすでにバラバラにされた王冠です。冒頭ではその袋が、ブラントンに向けて投げられていた映像処理となっていますが、ここではその続きが捕捉されています。袋は芝生に投げ出され、ある人物の足元に落ちました。黒いローブを身に纏ったこの男こそ、儀式書を作ったであろうサー・ラルフ・マスグレーブでした。一世は処刑の前にサー・ラルフに王冠を託しており、元々執事ごときの人間が手にできるシロモノではなかったのです。
興味深いのが、このシーンでチャールズ一世とサー・ラルフを演じているのが、両方ともマスグレーブ役のマイケル・カルバーであること!面長で山羊髭というチャールズ一世の外見的特徴もぴったりでしたが、王家にかしずく忠誠心篤い臣下としてのイメージも違和感なく、どちらの役も17世紀の雰囲気そのままというなんとも豪華な場面でした。
錆びた金属のかけらが、ホームズの手の中でチャールズ一世の王冠へと変貌していくさまは実に鮮やかです。王家の人間は読み解くことができなかった儀式書の謎は、優れた頭脳を持った屋敷に仕える男によって明らかにされました。ですが最後の最後、ついに男は目の前にある宝物に気づくことなく命を落としました、王家の人間を嘲笑した罰を受けたかのように…。
翌朝、ホームズとワトスンは再び馬車に乗ってロンドンに戻ります。ただひとつ、解決できなかった事件を残して。

ワトスン
薪は偶然に
はずれたのだろうか?
女は激しい気性だ
復讐から石のふたを
閉じたのかもしれん
支柱をはずしてな
彼女はどこへ?

ホームズ
恐らく 遠くへ去ったのだろう
秘密を抱いたままで…

原作はここで終わりますが、このドラマが白眉たる理由はこのあとに続くオリジナルのラストシーンにあります。
屋敷の中庭にある池が画面に映り、ジャネットがそれを見つめています。なんの気配もなかった水面は、次第に怪しげな泡を吹き出しました。仰け反るジャネットの目の前にはレイチェルの水死体が浮かび、森に乙女の悲鳴が響きます…。
チェンバロによる物悲しいアレンジがなされたメインテーマが粛々と流れながら、レイチェルが浮かんだ湖が横から映し出されます。その様はまさに、男に捨てられ気が狂い、川に落ちて死んだという『ハムレット』の悲劇のヒロイン、オフィーリアが描かれたミレー(ラファエル前派のひとりとして活躍したのち、ロイヤルアカデミー会長に選出された異色の経歴を持ったイギリス屈指の画家)の不朽の名画そのままです。恋敵の死体が浮かび上がってくるこの場面は強烈であるのと同時に、死んだことで美しくなったとさえ言える女の哀れさを見事に描出しています。
脚本家のジェレミー・ポールはこのドラマで賞を受賞しており、原作を凌駕した映像作品としてシリーズの中でも非常に高く評価されています。

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ジョン・エヴァレット・ミレー「オフィーリア」
1851〜1852年、テート・ブリテン