シリーズ「死と乙女」と死生観・絵画編(2) 

〜死してなお女は美しく②

John_Henry_Fuseli_-_The_Nightmare-min

ヨハン・ハインリヒ・フュースリ「夢魔」
1781年、デトロイト美術館(米)

18世紀末。まだまだ神も悪魔も幽霊も信じられていた時代に、新しい形の「死と乙女」が描かれました。
画面の中央に大きく横たわる妙齢の女性。豊かな肉付き、陶磁器を思わせる白い肌、波打つブロンドの髪、そして美しい顔立ちは一見死人のように見えてドキリとしますが、かすかに開いた口と赤味がさした頬から女がまだこちら側=生者の国の住人であることがわかります。
女だけならば名画として名を残すことがなかったであろうこの作品。最も注目すべきは、女の胸元に座っている異形の生き物。一見人形のようなシルエットのように見えますが、こちらを睨みつける顔の造型からこの世ならざるものであることがわかります。この不気味で醜い生き物こそが、この作品のタイトルロール「夢魔」です。
「夢魔」は別名淫魔とも言われます。人型と動物型の夢魔がおり、前者は性別がありますが、後者は主に馬の形をとって夢に現れます。これこそが作品に描かれている夢魔であり、原題のNightmareもこの夢魔のことをさして用いられている単語です。画面左端、カーテンから馬が顔を覗かせているのがその証拠です。
人型の夢魔はそれぞれ男がサキュバス(ラテン語で「のしかかる」の意)・女がインキュバス(ラテン語で「下になる」の意)と呼ばれ、実際に夢の中で異性の人間を犯すとされておりゾッとしますが、相手が人型ならば多少はロマンティシズムもあろうもの。ですが馬型の夢魔がそれを行えば、グロテスクな悲劇に他なりません。馬はもともと強い精力に加え、長い鼻面が男性器を連想させることから強い男性性の象徴とされてきましたが、ここに描かれている夢魔はそれでもない。丸みを帯びた幼児体型のこの生き物は、横たわる妙齢の女性と並ぶとまるで親子のように見えかすかに倒錯性を帯びているかのようです。
洋の東西を問わず、夢は、この世とあの世の境に存在する不可思議な空間として認識されてきました。眠りが深ければ深いほど、死の世界に近くという理解なのです。そう考えると、夢魔は死者の国からの使いとも解釈でき、夢の中で夢魔と交わる女はまさに「死と乙女」を具現化していると言えます。
深い眠りに落ち、夢魔によって性の絶頂を味わって弛緩している乙女は、あらゆる意味合いで今まさに死の世界に引き摺り込まれようとしています。いっそ目覚めない方が幸せだとでもいうような、覚醒している時よりも美しい顔でーー。