シリーズ「死と乙女」と死生観・絵画編(3) 

〜死してなお女は美しく②

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ジョン・エヴァレット・ミレー「オフィーリア」
1852年、テート・ブリテン(英国)

イギリスは長いこと美術後進国の汚名を着せられてきましたが、その代わり文学に関しては他国より一歩も二歩も先んじていました。18世紀中頃に国立の美術学校が設立され、美術教育にも力を入れられるようになり、作品の題材に自国の文学作品を採り上げたのは必然でした。
それからおよそ80年、若い芸術家たちがアカデミーに反旗を翻します。古典作品の範をルネサンス期の天才のひとり、ラファエロのみとする硬直した学校教育に嫌気がさしたのです。新しい表現方法を追求しようという野心に溢れた芸術家・批評家が集まったこのグループは「ラファエル前派」と呼ばれ、短い活動期間ながらも美術史に残る多数の名画を残しました。
この「オフィーリア」は、ラファエル前派創立メンバーのひとりであるジョン・エヴァレット・ミレーの代表作です。
タイトルになっている「オフィーリア」は言わずと知れたシェイクスピアの傑作『ハムレット』に登場する悲劇のヒロインです。主人公ハムレットは殺された父王の復讐に身を投じるために彼女を捨てるのですが、それが原因で正気を失ってしまい、最後は川に落ちて死んでしまうのです。ミレーの作品は、まさにオフィーリアが川に落ちたこの瞬間を描いています。
豪奢な刺繍が施されたドレスは空気を含んでゆったりと膨らんでいますが、足元はすでに水底に沈み始めています。そう遠くないうちに、彼女はこの世から静かに旅立って行くのでしょう。化粧っ気のない顔は少女をさらに幼く見せており、まだ自分の陥ってしまった状況がわかっていないようです。もしかしたら、自分が死んだことすらわからないのかもしれません。
かすかに開いた口、恍惚とした表情はフュースリ「夢魔」に登場する女に共通していますが、オフィーリアの意識は、わずかに覚醒しています。うっとりと細められた双眸が、彼女の心理状況を雄弁に語っているのです。心を寄せ合っていた恋人に捨てられ、加えて常に自分を(良くも悪くも)守ってくれていた父が殺され、頼りにしていた兄はいない…。自我を持たない乙女は、拠り所とできる存在がなければ何者にもなれません。恋人(将来的には妻であり王妃)・娘・妹という、女として負える役割が全て剥ぎ取られてしまった彼女は、正気を保てるはずがないのです。
マクベス夫人もそうでしたが、気が狂った人間の寿命は長くはありません。オフィーリアが川に足を滑らせたのは、事故だったのか。劇中では断言されていませんが、この時の彼女にとって「死」は間違いなく救いでした。
輝く両の目が見つめているのが、彼女を導いた死神だったとしたら、オフィーリアもまた、死神と契りを結んだと解釈できます。もしかしたら、恋しいハムレットの姿をしていたのかもしれません、想像するしかありませんが…。
これもひとつの、「死と乙女」の形。