シリーズ「死と乙女」と死生観・音楽編 

〜死してなお女は美しく③

フランツ・シューベルトが生み出した歌曲は600曲以上。31歳という若さでこの世を去ったとは思えない偉業を成し遂げた若者は今でも「歌曲王」と呼ばれ、作品は多くのアーティストにより世界各国で演奏されています。
彼の残した歌曲の中でも、「死と乙女」は群を抜いて人気が高く、メロディーの美しさからも作品として高く評価されています。シューベルト自身もそのことをわかっていたようで、のちに弦楽四重奏14番ニ短調*D810の第二楽章に歌曲のメロディーを引用して作曲しており、この曲も「死と乙女」と呼称されています。
歌曲「死と乙女」 の歌詞は、マティアス・クラウディウスの詩に依っています。短い死ですが、とてもドラマティックです。

<原詩>
Das Mädchen:
Vorüber! ach,vorüber!
Geh,wilder Knochenmann!
Ich bin noch jung,geh,Lieber!
Und rühre mich nicht an.

Der Tod:
Gib deine Hand,du schön und zart Gebild,
Bin Freund und komme nicht zu strafen.
Sei guten Muts! Ich bin nicht wild,
Sollst sanft in meinen Armen schlafen.

<日本語訳>
乙女:
あっちへ行け!残酷な死神よ
私はまだ若い 行ってしまえ!
私にさわらないで

死神:
手を取るのだ、美しく可憐な少女よ
私はお前の友 罰しに来たのではない
心穏やかに 私は野蛮ではない
私の腕の中で安らかに眠れ

まるでバルドゥング・グリーンの「死と乙女」のやりとりのようです。乙女はまだ若く、自分に死はふさわしくないと死神を拒絶していますが、対する死神は優しく、穏やかに乙女を諭し、最後には甘く誘惑しています。これに対する乙女の返答がないので、彼女は死神と共にあの世へいくのでしょう。死神は「死」については一切口にしておらず、仄めかしているのは「安らかな眠り」です。眠りと死は兄弟であるという神話的解釈に基づくと、「死と乙女」の主題はこんなにもロマンティックな装いとなるのです。
乙女はすでに病にかかり先がなかったのか、反対に心身ともに健康で、たまたま死神に魅入られてしまったのか、どちらなのでしょう。残酷ですが、より悲劇的で不幸なものを好むのが生きている人間です。乙女を誘う死神よりも、よほどーー。
歌曲「死と乙女」が作曲されたのは1817年。これを受けて弦楽四重奏曲「死と乙女」が作られたのはその7年後、それから間もなく度々体調不良を訴えるようになり、腸チフスで死亡したのはさらにその4年後のこと。弦楽四重奏曲を作曲したのは、自身の命があまり長くないことを自覚してのことだったと言われています。この悲壮的な精神内容は、第一楽章から第四楽章まですべてが短調で作曲されているという作品構成に如実に反映されています(シューベルトの楽曲作品の中で、すべてが短調によっているのはこの14番だけです)。人生の1/3を死の近くで過ごしたシューベルトもまた、死の間際にこの死神の声を聞いていたのでしょうか。
シューベルトが死ぬ前年には、同じウィーンでベートヴェンが56歳で死去しています。

*Dはドイッチュ番号といい、後世、シューベルトが作曲した作品に付けられた作品番号。研究者オットー・エーリッヒ・ドイッチュが作成した作品目録によります。

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