死神の姿と死生観

〜死は気まぐれにやってくる③

平等主義者(?)の死神のイメージは、こんなところにも。
「死と乙女」のテーマも手伝って、死神は男性的な存在であるというイメージが強いようですが、こんな寓話があるのをご存知でしょうか?

バグダットに住む一人の商人が、召使いを市場へ買物に行かせた。しばらくすると召使いが真っ青な顔をして震えながら戻り、主人に報告した。「だんな様、今しがた市場の人混みのなかである女と体がぶつかり、振りかえってみたところその女は死神でした。女はわたしを見て脅かすような身ぶりをしたのです。どうか馬を一頭お貸しください。この町から逃げ出して死の運命からのがれたいのです。サマラの町まで行けば死神に見つからずにすむでしょう」
商人は馬を貸してやり、召使いは馬の背に跨って脇腹に拍車をくれ、全速力で町から逃げだした。
それから間もなく、商人が市場へ行くと死神が人混みのなかに立っていたので、彼は近づいて行って話しかけた。「今朝わが家の召使いと会ったとき、脅かすような身ぶりをしたのはなぜですか?」
「あれは脅かすような身ぶりではありません」と、死神は答えた。「わたしはただ驚いただけなんです。じつは、今夜サマラで彼と会うことになっているので、バグダッドにいるのを見てびっくりしたんですよ」

ジェフェリー・アーチャー『十四の嘘と真実』より(永井淳訳、新潮文庫、H13年4月)

『死神は語る』という作者不明のこの作品は、多くの文学・映像作品に引用されている有名な話です。文庫本にして1ページしかない文章量なのにも関わらず、淡々と描かれる情景描写が却って恐怖を増幅させる、ショート・ショートの傑作中の傑作です。
この話の興味深いところは2つあります。

  ①死神は女の姿をしている
  ②死神が鎌を持っていると書かれていない

これまで見てきた死神のイメージとは180度違っています。まるで群衆の中に埋もれているかのような没個性的ヴィジュアルなのか、この話に登場する主人と召使いにしかわからない目印でもあったのか、それとも市場にいる人は皆彼女が死神だとわかっているのか。現代の日本ならば、サラリーマンやOLのような格好で都心を歩いているイメージでしょうか。
この逸話の死神がさらにユニークなところは、極めて勤勉なキャラクターであるということです。彼女は約束の時間に、約束の場所に間に合うように出かけており、市場に立ち寄ったこと自体がイレギュラーでした。ですが市場に行っていなかったら、この召使いがサマラにきちんと現れたかどうかはわかりません(召使いは勤勉であったとは一言も書かれていないからです)。もし現れなければ、死神は別の人間と約束をし、またその約束を守るために然るべき場所に行くのでしょうか。そう考えると、ミレーの「死と木こり」の新しいヴァリエーションのようにも見えます。
ただ、死神に悪意がない点は同じです。彼らに他意はありません。ただ「たまたま目があったから」「そう決められていたから」命を刈ったにすぎません。こんなところも、現代日本のサラリーマンたちを彷彿とさせます。仕事の内容が違うだけです。
約束の場所に現れた、あなたの目の前にいるその人。本当に、人間ですか?

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