死神の姿と死生観

〜死は気まぐれにやってくる④前編

死神は勤勉である。そして同じように、礼儀正しいーー。
アルノルト・ベックリンはスイスを代表する画家のひとりです。写実的な描写が特徴の彼の作品の世界観は、夢と現の境が曖昧な幻想的な神話の世界。ヨーロッパの美術界全体が印象派主義的な流れに乗ろうとしている中、彼はその逆を行き、独自の画風を確立していきました。
人間のキャリアの頂点は人によって様々ですが、ベックリンの場合は遅咲きでした。ドイツ・スイス・イタリアと各地を巡っていた彼は50代のほぼすべての時間をフィレンツェで過ごしており、この時が彼の才能が花開いた期間でした。この時にうまれたのが「死の島」です。
澱んだ暗い空からして死の世界を連想させますが、注目すべきは画面中央です。険しい岩肌がむき出しになった島の中央にある、天突くほどに伸び上がる糸杉の群れです。糸杉はギリシア神話に登場するキュパリッソスの化身であると言われており、愛する鹿を誤って殺してしまった悲しみに浸っていたいという願いから姿を糸杉に変えられた少年そのものなのです。糸杉の英語名はCypress(サイプレス)、キュパリッソスに由来しており、花言葉は「死」「哀悼」「絶望」とされています。
島は広大な川の中に浮かんでいます(洋の東西を問わず、川はあの世とこの世を結びつけるものです)。わずかに漣が立っているのは舟が島に向かっているからです。乗っているのは3人。オールの漕ぎ手、白い装束を全身にまとった死神(誰もがそう思うでしょう)、そしてその前に横たわる「人」だったものーー。

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アルノルト・ベックリン「死の島」第1バージョン・バーゼル版
1880年、バーゼル美術館(スイス)