死神の姿と死生観

〜死は気まぐれにやってくる④後編

翌年さらにもう1枚「死の島」が描かれました。この作品はあるコレクターによって購入されましたが、第二次世界大戦の最中に焼失してしまい、現在はこのモノクロの写真でしか内容を確認することはできません。よく観ると、構図は第3ヴァージョンのベルリン版とほとんど変わっていません。経済的理由が原因で描かれたと言われているので、ベックリン自身あまり乗り気ではなかったのかもしれません。

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アルノルト・ベックリン「死の島」第4バージョン
1884年、第二次世界大戦中に焼失

そして最後がこのライプツィヒ版です。現在も所蔵している美術館から直接依頼されて作成されました。
島や川面の描写はベックリンらしい写実的な表現になっており、ますますリアリティを増しています。空の描写も複雑になっており、よりリアルさを感じさせます。糸杉の天頂部は風になびいており、画面左下の波の揺れ方と呼応しています。バーゼル版ニューヨーク版の糸杉は直立、ベルリン版と焼失した第4ヴァージョンは糸杉のみ揺れており川面はほとんど静かなままなので、このライプツィヒ版の動きの加わり方は非常に劇的なものになっているのがわかります。
最たる動きは舟と死神です。それまで島に対して斜めに進みつつあった舟は入り口の門までやってきて、そして死神が恭しく島に向かって深くお辞儀をしているのです。門のあたりはベルリン版では階段のようなものが描かれていましたが、ライプツィヒ版では一切描かれず、舟がそのまま糸杉の森の中に進んでいくのが想像できます。もう二度と、死者はこちら側に戻っては来ないでしょう。
何も言わずにこうべを垂れる死神の姿には、死に対する畏敬の念が感じられます。人は誰しも死ぬ生き物ですが、必ずしも穏やかに、天寿を全うして死ぬわけではありません。恐ろしい皮肉ですが、この作品が描かれてからのち、ふたつの対戦の勃発により多くの人々が人としての尊厳を踏み躙られて死んでいきます。
死の影が迫りゆく中での、未来の死者たちのせめてもの願いが、絵を変容せしめ、死神と舟に動きを与えたのだとしたら。このように死んでいきたい、安らかに、穏やかに、という死者たちの願いが、画家の動きを無意識的に変えたとしたらーー。
「死の島」は、芸術が人間を救う存在へと変わっていった、とても奇跡的な作品なのです。

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アルノルト・ベックリン「死の島」第5バージョン・ライプツィヒ版
1886年、ライプツィヒ造形美術館(独)