映画「ゴッホ〜最期の手紙〜」と死生観

死者を弔う旅路の果てに③

※このシリーズは物語の核心部分に触れていることがあります。作品を未読・未見の方はご注意ください。

オーヴェールに着いたアルマンは、すぐさまフィンセントの主治医だった医師ガシェの元を訪ねます。家の中からは、優雅なピアノの調べ。のぞいてみると、妙齢の女性が弾いているピアノの音色でした。声をかけようとした矢先、庭で薔薇の手入れをしている家政婦ルイーズを見つけガシェの居どころを訪ねます。折悪しくガシェはパリに出向いており、戻りは明日。アルマンはフィンセントからの手紙をガシェに託したいので会わせてほしいとルイーズに伝えます。
ところが、このルイーズがなかなかの癖者。この家を訪ねてきたフィンセントについて、「邪悪な人」と一刀両断し、タンギーとは全く別のイメージを持っていました。

最初に彼を見たときから嫌な予感がしたの。
彼の眼は澱んでいたわ。狂気を帯びたような、見てはならない眼差し。
彼が来てからというもの、すべてが変わってしまった。
(中略)
また蒸し返すつもり?
あの人のせいで、さんざん迷惑な目にあったのに。

さて、ガシェに会うまでの間の宿を確保しなければならないアルマンは、ルイーズから聞いたフィンセントが死んだ時まで泊まっていたのと同じ宿に泊まることにします(ルイーズ曰く「まるで、穴よ」)。先行きが不透明な旅路の予兆か、急な雨に降られたアルマンは慌ててこの宿ラヴーに駆け込みました。
宿の主人は意外なことに、若い女性でした。金色の長い髪にブルーのドレスを着こなす美しいこの女性の名前はアドリーヌ・ラヴー。両親が不在の間宿の切り盛りをしており、フィンセントの最期にも立会った非常に貴重な人物です。
コーヒを飲みながら、アルマンはアドリーヌからフィンセントが亡くなった時の様子を聞くことになりました。
その日、夕食どきになっても姿を見せないフィンセントは夜遅くに宿に帰って来ました。しかし明らかにいつもと違う様子にアドリーヌの父が彼の部屋まで行くと、ようやくフィンセントが腹から血を流しているのに気づきます。ラヴーの問いにフィンセントは呻きながらこう答えました、「自殺しようとしたんだ…」と。
それからガシェが呼ばれましたが、元軍医だったのにも関わらず「弾を取り出すのは無理だ」と言って帰ってしまいました。アドリーヌはこの時からガシェやその周辺の人物に対して大きな不信感を抱くようになります。
警官が調査に来たり、テオが気を荒げてやって来たりと、宿を不穏な雰囲気が覆います。結局フィンセントの容態はよくなることはなく、その日の夜半になくなりました。愛する弟テオに看取られて…。
アドリーヌはフィンセントのことを「私たちお互い、気が合った」とアルマンに語っています。絵を描く姿勢(やって来た日に雨に降られながら絵を描き続けていたり、普段から勤め人のように几帳面に朝から晩までカンヴァスに向かっていたこと)や、弟宛にひたすら手紙を書いていた彼の姿を毎日見ていていたアドリーヌは、フィンセントについて他の人とは違った印象を抱いていました。アルマンからの「(自殺の)予兆はあった?」という問いに、アドリーヌは真っ先に首を横に振ります。「幸せそうだった、心からそう見えた」そう断言します。ガシェから勧められた宿ではなくラヴーに泊まっていたことも、彼女のなかでのイメージがよくなったきっかけでしょう。
フィンセントはオーヴェールの様々な場所に出かけては絵を描いており、なかでも川はお気に入りでした。「貸しボート屋の主人なら知っているわ」アドリーヌの的確なアドヴァイスを受け、アルマンは晴れ渡った絶好の船日和の川に足を運びました。

Loving Vincent_ The film made entirely of oil paintings

アドリーヌ・ラヴー(演:エレノア・トムリンソン)