映画「ゴッホ〜最期の手紙〜」と死生観

死者を弔う旅路の果てに⑦

※このシリーズは物語の核心部分に触れていることがあります。作品を未読・未見の方はご注意ください。

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フィンセント・ファン・ゴッホ「悲しむ老人」
1890年、クレラー・ミュラー美術館(蘭、エーデ)
映画中ではドクター・マゼリがモデルのように演出されているが、フィンセントがサン=レミの療養所に入院していた時に描かれたもので、自身が数年前に制作したリトグラフを模写したもの

追い出されたアルマンはその夜、貸しボート屋の元に行きます。他に行くあてもないので当然でした。男は意外と世話を焼くタイプの人間のようで、自分で作った特性の酒をアルマンに譲ってやります(酒飲みのアルマンですら噎せるほどの強烈なアルコール!)。
銃の出所について、貸しボート屋からまたもや違った証言を得ます。アドリーヌの父がルネ・スクレタンに売ったもので、村のみんなが知っていると言うのです。ことここに至って存在を主張し始めてきたルネについては、貸しボート屋からこんな説明を受けます。

カウボーイみたいな阿呆な格好をして、村中走り回って、銃を見せつけては西部劇の真似事をしていた。いい客だったけど、扱いづらくてーー特に弟がな。
フィンセントが女と紳士的に話をしていると、ルネが割り込んでいって「こいつは耳もナニも切り落としたんだ」って言いふらしていた。本当はぶん殴ってやりたかった。

フィンセントへ気持ちが傾いているアルマンは次第に苛立ち始めます。誰にも助けてもらえず、同情もされず、ただひとりでこの村で闘っいたフィンセント。アルマンはまだ残っていた酒瓶を川に放り投げ、独りごちながら貸しボート屋の元から去っていきます。「フィンセントは愛されるべきだった、もっと…」
街中の安いパブで一杯飲み直そうとするアルマンですが、街の連中の陰口に一向に酒が進みません。アルマンもフィンセントと同じ、彼らにとっては鬱陶しい余所者でしかないのです。
すると、そこに誰かが通りかかります。あの赤毛の少年です。彼もまた納屋の主人曰く「少し知恵が足りない」ために街の人から嫌がらせを受けていたのです。足をひっかけられ転んだ少年を嘲笑う男たちについに堪忍袋の尾が切れたアルマンは、たった一人で彼らを叩きのめしてしまいました(そしてこれ以降、アルマンは映画のなかで酒を一滴たりとも口にしなくなります。)。
次に目が覚めたのは、なんと居心地の悪いことに警察署。目の前には顔にあざを作った警察官リゴーモンがおり、アルマンの手癖の悪さを悪い意味で証明していました。しかし意外にもリゴーモンは寛大で、アルマンにこの村に来た訳を尋ねます。実はこの男こそが、あの日宿でフィンセントの身の回りを調査していた警察官だったのです。大体のところ、これまで得た証言と内容は同じでしたが、聞き覚えのない人物の名前にアルマンは引っ掛かりを覚えます。「死んだ後も、問題ばかりだ。ドクター・マゼリが妙な診断書を出してくるしーードクター・ガシェのがもうあるのに」
存外、ドクター・マゼリは明るい人柄の人物でした。彼は他の医者の患者の診断書を出す立場ではないが、新聞記事を読み、記録のために出したと言います。つまり、新聞記事の内容に不審な点があったということです。
マゼリが言うには、こういうことです。フィンセントは自分で自分を撃ったと言ったが、自殺をするなら普通は頭を撃つか心臓を狙う。でも彼が撃ったのは自分の腹部だった上に、銃槍の角度が低すぎて自分で撃つことは不可能であり、貫通しているはずの弾は身体に残ったまま。これらを前提に考えると、たどり着く結論はひとつしかない。誰かが屈んで、どこか離れた場所から撃ったのだと。
とてつもなくおぞましい仮説は、マゼリの中ですでに確信に変わっていました。「おそらく彼は、撃たれた」
帰り道、アルマンは再び現場に立ち戻ります。赤毛の少年を追いかけたとき、弾みで倒した椅子はそのままでした。そのまま座り込んでいると、予想だにしない人物が現れました。フィンセントへ手向ける花を持ったマルグリット・ガシェです。使用人の目がないのか、ここで会う彼女は最初に言葉を交わした時とは随分違った印象を受けました。

父は芸術家になりたくて、あらゆる努力をしたの。
だけど彼(=フィンセント)は荒削りで、専門教育も受けず絵筆を握り始めてからたったの数年なのに、わずか2時間ほどの間に描き上げてしまったの。父が二度生きても描けないような絵を、ね。
父は何時間も、の絵を模写していた。

ガシェは過保護で(アドリーヌの言)、しかも芸術家になれなかった鬱屈した思いがありました。そのどちらが優位だったのか、ガシェはマルグリットにフィンセントから距離を置くようにと言われ、彼女はその通りにしました。結局、その努力も無駄に終わります。二人は激しく衝突し、フィンセントは家を出ていき、そしてーー。
フィンセントの自殺の原因は何にあったのでしょうか。テオとの喧嘩のせいか、村中から冷たい目で見られていたせいか、ガシェとの諍いのせいか、それともアルマンが考えているようにルネ・スクレタンのいたずらによるものかーー。
マルグリットは、ずっと自分を責めていました。直接ではないにしろ、彼の自殺の原因のひとつに、自分がとった行いが含まれているのではないかと。悩み続ける彼女の心を慰めてくれるのはただひとつの真実だけです。フィンセントの人生が、ひたすらに芸術を追い求め、自分に成し遂げられるものを探し続けていたものだったという、紛れもない真実。それは、アルマンの中に生まれている思いと全く同じものでした。
マルグリットは静かに去っていきました。今自分にできる精一杯のことを、ひとりの男に捧げるために。
マルグリット・ガシェは父の家から出ることなく、独身のまま亡くなっています。寝室には44年もの間、フィンセントの手によるピアノを弾く肖像画を掛け続けていました。

トップ画像:フィンセント・ファン・ゴッホ「アイリス」(1889年、ゲティ・センター(米、ロサンゼルス))
映画中、マルグリットはこの花を持ってフィンセントの墓に供えに行く。