映画「ゴッホ〜最期の手紙〜」と死生観

死者を弔う旅路の果てに⑧

※このシリーズは物語の核心部分に触れていることがあります。作品を未読・未見の方はご注意ください。

アルマンは再びガシェの家を訪ね、ようやく目的の人物に会うことができました。ガシェはアルマンの父や母のことをフィンセントづたいに聞いて知っており、ふたりの存在が画家にとってどれだけ救われるものだったかとよく話していたのです。
ガシェはアルマンに酒を勧めますが、彼は「昨日飲みすぎたから」と断り、ガシェ曰く「よく効くのがある」お茶を出してもらうことになります。これまでの飲みっぷりからは考えられない変化です。
アルマンはこの2日間で期せずして有名人になりましたが、目的は変わっていません。ガシェ曰く「死者から死者への手紙」を、然るべき人物に渡すこと。
ガシェの仕事はもちろん医者ですが、中でも非常に気負っていたのが「芸術家たちの健康を守ること」。自分も芸術家だから、彼らから信頼されていたと前置きをします(大概自分からこういうことをいう人間は、凡庸な人間が多いものですがーー)。
アルマンは、ガシェに尋ねます。自殺する6週間前、手紙で「完全に冷静な状態だ」と説明していたフィンセントが、なぜ急に自殺をしたのか。ここまでは物語冒頭と変わりませんが、アルマンはすでにひとつの仮説を携えており、それを確認するためにさらにこう質問しました。ルネ・スクレタンに撃たれたのではないか、とーー。
テオに頼り続けていたフィンセントの苦しみと、経済的な問題で悩み続けていたテオ。ふたりの辛さを知っていたガシェは、そう質問されるのを予感していたかのようです。ガシェはフィンセントの枕元で「自分で自分を撃った」「誰のせいでもない」という言葉を直接聞いていましたが、アルマンはそこに引っかかりを覚え「まるで誰かのことを庇っているように聞こえる」と詰め寄ります。しかしこの問いに対するガシェの答えは、想像もしないものでした。「庇う必要があったからさ、私をーー」
フィンセントが自殺する前、ガシェと彼は口論をしてしまいます。口論のきっかけが何だったか今となってはわかりませんが、ガシェの何かに嫌気がさしたフィンセントが「君の芸術は偽物だ」「真実に生き、戦うべきだ」と怒りをぶつけたことで、ガシェが「医者として言ってはならないことを言ってしまった」のです。

テオは第3期の梅毒に罹っている。経済的・精神的・肉体的ストレスは死を早める。
ーーこうも言った。君に、兄を支える弟の苦労がわかるか?彼を殺すも同然だ、それが真実だよ。果たして君の芸術にそこまでの価値があるのか!?

ふたりが次に会ったのはその2週間後。フィンセントは枕元でガシェに「これがみんなのためなんだ」と伝えたのでしたーー。
ガシェは一通の手紙を持ってきました。フィンセントがテオに宛てたもののひとつで、テオの妻ヨーが感動したため、書き写してガシェに送ってくれたものでした。ガシェはアルマンにこう言って手紙を渡します、「彼が芸術家として旅を始めた頃のものだ」。アルマンもまた、フィンセントという芸術家の影を負って旅を続けてきていたのです。手紙の交換は、旅の終わりを意味していました。

僕は、誰か。人にどう見られているか。
つまらないもの。
実体もありはしない、実に不快な存在。
今も、これからも、この社会において、何の地位も持たない者。すなわち、最低の人間だ。
しかし、たとえそれがすべて真実だとしても、いつの日か、僕は作品によって示してみせる。このつまらない僕が、実体もない僕が、心に秘めるものをーー。

アルマンは馬車に乗り、アルルを目指します。穏やかな日常の風景が流れるなか、馬車はゆっくり進みます。それまで充分な睡眠をとることができなかったアルマンは、ようやく甘い眠りを味わうことができたのでした。

Loving Vincent - Dr_ Gachet Jerome Flynn

ガシェ医師(演:ジェローム・フリン)

Portrait_of_Dr._Gachet-min

フィンセント・ファン・ゴッホ「医師ガシェの肖像(第1ヴァージョン)」
1890年、個人蔵